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 親身になって助言をくれた彼女に料理の代金を渡し、店を後にした。店のドアを押すとカランカランとベルの小気味良い音がした。  もう日の暮れた町を足早に歩く。自分の足音がやけに耳についた。  あぁ、私って今、一人ぼっちなんだなぁ……。  昨日彼が手を振ってくれた曲がり角で立ち止まった。振り返っても誰もいない。胸のどこかに刺すようなチクリとした痛みを感じた。  わずかな間軽く丸めた手を胸に当て、ゆっくりと歩き出した。足取りが重く、宿までの道のりが遠く感じる。  なぜ連絡先も聞こうとしなかったのだろう。きっと驕りがあったのだ――彼は何度だって会ってくれるだろうという。  人の心なんて移り変わりやすいものだって、色々な人に取材して来た私は十分に知っていたはずなのに。  後日、宿に届いた祖母の遺品を受け取った。幸せそうに笑う若き時代の祖母はとても綺麗だった。そしてその祖母の隣で笑う男はアイヴィーによく似ていた。  部屋に戻って日記を読んだ。祖母の婚約者――ランス・コーウェルへの想いを綴った日記は祖母の心そのものだった。文才を感じさせるその言葉は胸に響き、言葉の一つ一つがシャノンの心を揺さぶった。  恋などしたことがなかったシャノンでも、その日記を読んで恋とはこのようなものなのだということが理解できた。恋人を、婚約者を亡くした祖母の悲痛な想いに触れ、日記の最後のページに数粒の水滴が落ちた。そしてもう一度写真を見た時、ふと脳裏になぜか、寂しげに伏せた緑の瞳が蘇った。  夕陽に照らされた整った横顔。私の手を取った手のひんやりとした感触。笑った時に出来る目元の小さな皺。  彼と繋がっていたはずの細く頼りない糸が完全に切れたと分かった時の胸の痛みと、ぽっかりと穴が空いてしまったような喪失感。  婚約者を失った祖母の悲痛さとは比較にならないかもしれないが、それでも『誰かを失ってしまった』という感覚は彼女の胸に突き刺さった。  気付くな。気付いて何になる。
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