4

1/5
前へ
/33ページ
次へ

4

 町での取材をもとに書いた記事はまぁまぁの評価を得た。概ね思った通りの出来になったと言える。  胸のつかえはしこりになって残った。彼のことを忘れるなんて、出来なかった。たった2日間会っていただけの相手なのに、と笑いたくもなった。でも、どうしてか――彼の寂しそうな顔が、謎めいた雰囲気が忘れられなかったのだった。あの時は振り払ってしまったけれど、あの細くて長い指で私の手に触れてほしかった。緑の瞳の奥の、いたずらっぽい光に見つめられたかった。  シャノンは小説を書き始めた。この失恋の痛みを無くすためには小説の中で自分の願いを叶えればいいと思ったから。安直だとは思ったが、文章を扱うことを得意とする自分に出来ることと言ったらこのくらいしか思いつかなかった。  私と彼との出会いと、私達の不思議な縁――おばあちゃんとランス・コーウェルの悲恋を、もちろん登場人物の名前は変えてほぼそのまま書き綴っていった。小説を書くのは初めてだったが、文章を書くのには慣れている。彼との記憶を辿っていくのは楽しかった。  仕事の合間に時間を見つけてはひたすらパソコンに文字を打ち込んだ。だんだんとのめり込み、毎日小説の事ばかり考えながら過ごした。 「シャノン、突然小説なんて書き始めてどうしたの? あんた確かに文章上手いけど、もしかして作家デビューでもする気?」  職場でも書いていると、同僚のルビーが笑いながら聞いてきた。編集者である彼女は数年一緒に働いてきて気心のしれた友人でもある。が、失恋したからとは口が裂けても言えない。普段のキャラを考えると恥ずかしすぎて軽く死ねる。 「そんなつもりは無いわよ。昔から小説読むの好きだったし、自分でも書いてみようかなって」 「ふーん。シャノンが書いたら売れそうだけどね。あたしが赤ペン入れてあげよっか?そしたらバカ売れすること間違いなしよー」  ルビーはすでに目をギラギラさせて小説をパソコンに打ち込むシャノンの手元を舐めるように凝視していた。若干引きながら苦笑いする。 「や、やめとくわ。趣味だし」 「でももったいないよー、せっかくこのシャノンが小説書いてるっていうのにー。せめて読ませてくれない?」  食い気味だ。目がマジだから怖い。生唾を飲み込んだ。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加