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死のにおいがたちこめる強い風が吹いていた。天を仰ぐと、砂の混じった空気の向こうに抜けるように青い空が見えている。
彼の魂は無事に天上に行けただろうか。
考えを巡らせていると突然、近くでまた爆発音がした。弾かれたように砂埃の晴れている方へ彼は走り出す。
視界の端に大きな影を捉えた。戦車などでは無さそうだ。
警戒しながらもじりじりと近づいていく。大きな影は、地面から突き出た大きな岩だった。
岩陰へ走った。周りに何の気配もないことを確認して一息つく。
置いてきてしまった友人のことが気掛かりだった。本当ならたとえ物言わぬ死体でも連れて帰りたかった。しかしそんなことをしていてはこの戦場では生き残れない。それは分かっていたからやむなく置いてきたのだった。
この戦場には死体がいくつも転がっている。少し見渡せば死体らしき影が砂埃の向こうにいくつか見えるくらいだ。一体この戦争で何人の兵士が死んだのか。
近くで戦いが始まったようだった。怒号や断末魔、銃声が響く。ここにいてはいずれ見つかって殺られてしまう。心臓の音が嫌に大きく聞こえる。やめろ、絶対にこっちに来るな。俺を見つけるな。頼むから――。
彼は祈るように恋人の名を心の中で呼んだ。
俺は……彼女に……。
岩の向こうからいくつもの足音がした。彼は絶望の淵に立ちながらその音を聞いた。
戦場に乾いたひとつの銃声が鳴り響いた。
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