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シャノン・スペンサーは、荒れた平原を歩いていた。落ちかけた太陽に照らされて、彼女の瞳がオレンジ色に燃え上がる。
あるのは枯れた木と、乾いた土だけだ。
一陣の風が吹いて砂を巻き上げた。
ここで50年前、何千人もの兵士が命を落とした。
宙を飛び交う弾丸、血の染み込んだ土。
あの岩影ではたった今、一人の兵士が天国へ旅立った。
50年前の光景が、戦争を経験したことのない彼女の目にも思い浮かぶ。
やっぱり現場は大切だ。これなら良い記事が書けそうな気がする。ワクワクして彼女はニヤけながら身震いした。
書き込んでいた取材ノートにペンを挟み込む。とりあえず今のところはここまでで良い。
でももう少しリアリティが欲しい。ここで死んだ兵士の霊にでもインタビュー出来たら最高なのに。
そんなことを思っていると、誰かの気配を感じた。全く気づいていなかったけれど、真っ黒な枯れ木のそばに誰かがいる。
彼女の心臓は高鳴った。
黒い人影がこちらを振り返ったように見えた。
「こんな時間にどうされたんですか、お嬢さん」
突然話しかけられ、シャノンは息を呑んだ。
男はゆっくりと近付いてくる。夕陽と反対側に伸びた長い影がゆらゆら揺れた。彼女は夕陽の眩しさに目を細めた。
「……あなたこそ」
低い声で答える。
もし幽霊なら影はないはず、だけど……。
しっかり影もあるし、何なら足だってしっかりある。幽霊ではなさそうだ。
夕陽の影になって見えなかった顔が見えるようになった。オレンジに染まった横顔は思いの外美形だった。年のころは自分とほぼ同じくらいだろうか。すっと通った鼻筋が涼しげだ。「俺は……そうそう、風に当たりに」
「……」
いや、さすがにその理由はないだろう……、とシャノンは疑わしげな目で彼を見て明らかに警戒する雰囲気を放つ。いかにもその場で考えたような理由だ。もしかしたら乱暴を働かれるかもしれない。こんな夕刻だ。このような荒地に人なんていないだろうと油断していた自分も悪いが、いつでも踵を返して逃げられるような心構えをしておいた方がいいだろう。
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