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気配を探るために、感覚を大きく広げた時、すぐさま死に繋がることを察した。
逃走していた人物の前に男が立っていたのだ。
長身で細身、しかしながら貧弱な印象はない。
鋭く研磨された刃物のよう。胸の位置で腕を組み冷徹で感情を感じさせない深海魚のごとき冷たい瞳は一つであった。
左目には眼帯をしていたからである。まだ若いが燃えるような殺気など放っておらず只々、静かに獲物を待つ氷の猟犬。そのような形容が相応しい男だった。
「どこへ行く気だ? この先数百キロは民家もないぞ」
新たに現れた男が、友人へ話すように言う。
互いの吐く息が、温度差で水蒸気になって白く見える。
だが、逃走して人物には地獄の番犬が己の獲物と認識して、食い殺すための嬉しさに満ちた咆哮のように感じる。否、事実そのままであった。
人はおろか、あらゆる生命体を凌駕し威圧する肉体の威圧感。
言葉につまる逃走していた人物。
「狼は疲れを知らない、狩りを行う時はひたすらに追う。お前も追う側だったはずだ」
威厳を感じさせながらも、親しげな声で眼帯の男が言った。
その声に、幾許かの落ち着きを取り戻しかけたように思われたが、
「お、俺はもう……。 全てがイヤになったッ! 他人の世界に潜り込むことが、こんなに不快で耐えられないことだったなんて想像もできなかったッ!」
錯乱気味に、叫ぶ。
「生者には敬意が必要だが、死者に有るのは真実だけだ。全てを知れば引き返す道はない。進むべき道は有っても引き返す道は閉ざされている」
眼帯の男が、言った。
「人間を捨てた貴方とは違うのです。斑鳩群長ッ!」
叫びを上げて銃を投げ捨てると、逃走していた男は地面にうずくまってしまった。
「それは、お前も同じだったはず」
心底からの慟哭を聞き、斑鳩群長が腕を伸ばして上空を指さした。
すると、二人に強烈な探照灯が当てられ同時に強風。
上空に二機のヘリコプターが現れる。
非武装の輸送用ヘリは白と水色に塗装されていた。一方、迷彩色の戦闘用ヘリには、ミサイルポッドなどの装備が施されている。
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