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彼女が息を吐く。体温を削り、空気を白ませている。二つの足音が静かに歩みを進める。そのとき、白い雪の結晶がちらちらと光に照らされて降り注ぎ、一年前のあの日を思い出させた。
「私たち、別れようか」
だから、彼女からこぼれ落ちたように告げられたこの言葉も、僕にとっては救いでしか無くて。あまりに自然で。
「そうだね」
僕はそう一言、決まっていた物語のシナリオ通りのように言っただけだった。
一人。春佳とは別々の車両に乗る帰り道。思い出すことがあった。
いつだっただろうか。
悪人にはなれないね。と彼女は言った。
善人にもなれないね。とも彼女は言った。
そうとも。目指した「青春」は善でも悪でもない。
雪が降るあの日。別に好きでもない春佳の告白を受けた理由は青春っぽいから。ただそれだけだった。僕は、ただ、主人公になりたかった。せめて、恋くらいは盲目にはなれるかもと。
だけど、自分には無理だ。結局、沸いたのは罪悪感だけ。春佳の「純粋そうな」眼差しは、ただ辛かった。
こんな時、主人公だったらどんなことをするのだろうか。結局それは分からず仕舞いだった。
主人公なんて幻想なのかもしれない。
あーあ。結局、駄目だったか。今度こそ大丈夫だと思ったんだけどなぁ。電車に揺られながら、内心で呟く。長い髪をかき揚げてみる。
流れる景色の中では雪がしんしんと降っていて一年前を思い出す。
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