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次の日の夕方、工場を出てすぐのガードレールの上に鴎さんがすわっていた。
あたしを見つけてぽんととび下り、ならんで歩きだした。
「お仕事お疲れ様。だいたい事情はわかったよ。君は相川譲次と知り合いなんだね?」
あたしはぎくりと鴎さんを見上げた。
「……譲次さんを、知ってるの?」
おしりのポケットに手をつっこんで歩きながら、鴎さんは笑った。
「はは、知らなかったけど、今日、勤め先の区役所に行ってご尊顔を拝してきたよ。驚いた、見かけはそっくりだな。樋口丈一にそっくりなやつがいるなんて、この世界はずいぶんやっかいだねえ。譲次と仲良しの君は、丈一の顔を見てびっくりしちゃったんだね。轢かれる直前の猫みたいに動きが止まっちゃったんだね。無理ない無理ない……あれ?」
あたしはずいぶん後ろにとりのこされていた。
「ソーニャ、どうした、おなかでも痛いの?」
もどってきて、鴎さんはひざをかがめてあたしの顔をのぞいた。
あたしはおなかのところのシャツをにぎりしめて、ぶるぶるふるえてやっと立ってるっていうふうだった。
「おんぶしてあげようか?」
鴎さんはいったけど、あたしは首を横にふって歩き出した。 鴎さんはしばらくだまってあたしとならんで歩いた。ことり荘が見えてくるころ、つづきをしゃべりだした。
「相川譲次は、樋口丈一の弟だ。名字が違うのは、譲次が結婚のときかみさんの姓にしたから。でさ、ある日いつもは真面目なだんなが急に帰って来なくなっちゃって、役所も無断で休んだ。相川のかみさんは心配して、その道のプロであるヤクザな兄貴に相談したってわけ……おととと」
よろめいたあたしを支えてくれた。
鴎さんはあたしをおんぶしてへやまで連れてってくれて、ふとんまでしいてねかせてくれた。そのうえ、
「困ったことがあれば、僕に連絡してくれ。なんでもしてあげる」
っていって、電話番号を書いたカードをまくらの横においた。
ふとんの中から、あたしは鴎さんを見上げた。
「ありがとう、鴎さん。すごく親切だね」
鴎さんは目を細めた。
「でも今は一人になりたい、だろ? わかってるよ」
っていって、へやを出ていった。
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