第1章

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 次の日の夕方、工場を出てすぐのガードレールの上に鴎さんがすわっていた。  あたしを見つけてぽんととび下り、ならんで歩きだした。  「お仕事お疲れ様。だいたい事情はわかったよ。君は相川譲次と知り合いなんだね?」  あたしはぎくりと鴎さんを見上げた。  「……譲次さんを、知ってるの?」  おしりのポケットに手をつっこんで歩きながら、鴎さんは笑った。  「はは、知らなかったけど、今日、勤め先の区役所に行ってご尊顔を拝してきたよ。驚いた、見かけはそっくりだな。樋口丈一にそっくりなやつがいるなんて、この世界はずいぶんやっかいだねえ。譲次と仲良しの君は、丈一の顔を見てびっくりしちゃったんだね。轢かれる直前の猫みたいに動きが止まっちゃったんだね。無理ない無理ない……あれ?」  あたしはずいぶん後ろにとりのこされていた。  「ソーニャ、どうした、おなかでも痛いの?」  もどってきて、鴎さんはひざをかがめてあたしの顔をのぞいた。  あたしはおなかのところのシャツをにぎりしめて、ぶるぶるふるえてやっと立ってるっていうふうだった。  「おんぶしてあげようか?」  鴎さんはいったけど、あたしは首を横にふって歩き出した。 鴎さんはしばらくだまってあたしとならんで歩いた。ことり荘が見えてくるころ、つづきをしゃべりだした。  「相川譲次は、樋口丈一の弟だ。名字が違うのは、譲次が結婚のときかみさんの姓にしたから。でさ、ある日いつもは真面目なだんなが急に帰って来なくなっちゃって、役所も無断で休んだ。相川のかみさんは心配して、その道のプロであるヤクザな兄貴に相談したってわけ……おととと」  よろめいたあたしを支えてくれた。  鴎さんはあたしをおんぶしてへやまで連れてってくれて、ふとんまでしいてねかせてくれた。そのうえ、  「困ったことがあれば、僕に連絡してくれ。なんでもしてあげる」  っていって、電話番号を書いたカードをまくらの横においた。  ふとんの中から、あたしは鴎さんを見上げた。  「ありがとう、鴎さん。すごく親切だね」  鴎さんは目を細めた。  「でも今は一人になりたい、だろ? わかってるよ」  っていって、へやを出ていった。    
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