第1章

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 久しぶりのお食事会の日だったのに、はじめから譲次さんはようすがちがった。  いつもとおんなじようにいっしょに買い物して、あたしが住んでいるアパートの「ことり荘」に帰った。それからごはんをたいてチキンライスにしてたまごで巻いて、譲次さんはすてきなオムライスを作ってくれた。おとうふとわかめのみそ汁は、あたしが作った。  でも買い物の間も、作ってる間も、食べている間も、食べ終わってあたしがお皿を洗っている間も、ほんの少ししかしゃべらなかった。まるで、譲次さんの頭の中にむずかしい文しょうが書いてあって、それを一生けん命読もうとしているみたいだった。  あたしはその文しょうが気になってしかたなかったけど、読んでみたくはなかった。楽しいことはきっと書いてなさそうだから。  あたしはお皿洗いをすませて、ふきんをぱんぱんはたいてほすところにかけた。  台所からへやにもどったら、譲次さんはこたつに入ってほんとに紙を読んでいた。  「なに読んでるの」  って聞いてとなりにすわったら、少し笑って紙を見せてくれた。そこには糸みみずみたいな線が、うじゃうじゃ書いてあった。  あたしの顔や耳はさっとあつくなった。  「やめて!」  って、その手紙をとろうとしたけど、譲次さんは手を高く上げて、あたしからとどかないようにした。あたしはからぶりして、思わず顔が譲次さんのむねにぶつかった。譲次さんの体がびくっとしたから、あたしもこたつからばっととび出た。ひょうしにかかとでゴミばこをけっとばして、へや中にゴミがちらばった。  泣きたくなった。  ゴミをひろってたら、譲次さんはあたしの倍も早くゴミをひろいながら、  「なんで、そんなに嫌がるのさ、えりす」  って聞いた。  「だって」  あたしはごしごし目をこすった。  「へたっぴなんだもん。ようち園の子よりへんな字なんだもん」  ゴミをぜんぶひろって、譲次さんは笑った。  「僕には宝物だ。えりすが初めてくれた手紙じゃないか」    あたしは高橋さんのおうちで字を習った。  高橋さんは譲次さんのしょく場の住所を教えてくれたので、あたしははじめての手紙を譲次さんへ書いた。ぜんぶひらがなの手紙だった。    「それに、」  って譲次さんはいって、おかしの四角い缶を持ってきた。おかしはずっと前に食べちゃって、中にはあたしたちふたりの手紙がぎっしりつまっていた。
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