第1章

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 譲次さんからはじめてお返事が来た日、うれしくてうれしくてあたしは手紙をだいてねたんだっけ。  「これはすばらしい記録だ。えりすの手紙は一通ごとにどんどん、字も文章もきれいに読みやすくなっていく。どれだけ賢いのかがわかるね。さっき改めて読み返して、すごく感心した。これなんて、」  一番新しいあたしの手紙を缶から出した。  「字を覚えて二年もたたない子が書いたなんて、誰も信じないよ」  「譲次さん、それほめてる?」  あつくなった鼻をおさえて、あたしはとなりにすわった。  譲次さんはにっこり目を細めて、  「もちろん。君は天才だ」  っていった。  あたしはなんだか顔がかゆくなって手でこすった。  「天才のわけないじゃん。あのね、高橋さんが一生けん命教えてくれたから書けたんだよ」  さっきちゃんとふいたのに、手はぬれていた。  「高橋さん、教えてくれたの。まちがったら、おちついて、最初からやり直せばいいんだって。だから、あたし、何度も何度もまちがって、それから何度も何度もやり直したの。だって、できるだけきれいな手紙を譲次さんに書きたかったから」  譲次さんはぽかんとあたしを見たけど、すうっと口をとじてまじめな顔になった。  「えりす、ごめん」  っていって、あたしにうでをのばした。  今度は、あたしがびくっとした。  「だめ、譲次さん」  っていったくせに、ぜんぜんだめだなんて思わなかった。あたしもぎゅっとしがみついた。  譲次さんは、  「ずっと、こうしたかった」  ふるえる声でいった。  「僕はダメだ、ダメだ、ダメな男だ。君にはとてもふさわしくない」  「なんで、だめじゃないよ」  あたしの目から、またなみだが出た。うれしくて悲しくてこわかった。  耳に譲次さんの息がかかる。せ中に譲次さんの手の力がこもる。譲次さんの息や手や体はすごくあつい。あたしの体もすごくあつい。じっとりあせをかいて、息ははあはあして、すごくはずかしかった。くさかったらどうしよう。  譲次さんはきれぎれにいった。  「ずっと、ずっと、こうしたかった、いや、これどころか、もっといやらしくて、汚くて、ひどいことがしたい。したくてたまらない。でも、そんなことしたらいけない、えりすを傷つけてはいけないって抑えつけていた」  「どうして、がまんするの」  あたしはずっと思ってたことをいった。
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