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「あたし、譲次さんになら、体全部をすりつぶされたってうれしいのに」
今まで譲次さんがあたしをさわらないのは、あたしのことが好きじゃないからだって思っていた。
あたしはかわいそうでばかな女で、譲次さんはやさしくて正しい人だから、手紙の返事を書いてくれたり、アパートをかりてくれたり、ひっこしを手つだってくれたり、買い物をいっしょにしたり、へやに来てごはんを作っていっしょに食べたりしてくれるんだと思ってた。それでじゅうぶんだって、あたしはずっとあたしにいい聞かせていた。
でもこうしてだきしめられたら、そうじゃないってはっきりわかった。じゅうぶんなんかじゃない。あたしは譲次さんのぜんぶがほしくてたまらない。譲次さんの体をぜんぶあたしの中に入れてしまって、完全なひとつになりたい。
譲次さんの手が動くたび、あたしはびくびくした。体の力をぬいてぜんぶ受けようするけどうまくできそうにない。譲次さんの手はだんだん動いていって、せ中からかたへまわった。あたしは目をとじてふるえをとめようとひっしだ。
かたにさわった手にぐいっと力がこもった。
だきしめられたんじゃなかった。ふたりの体ははなれていた。
譲次さんはうでをまっすぐつっぱらかして、マラソンせん手みたいにはあはあ息をした。
「そ、んなこと、僕は嫌なんだ」
「どうして」
そういっている間にも、うでの力はゆるんでくる。目と目が、口と口が、吸いつくみたいに近づいた。こんなに近づいたのって今までなかったと思う。顔のあちこちがぴりぴりして、歯はかたかた鳴って、体じゅうの毛がさわさわ動いた。
くちびるがくっつくすん前ってとこで、また譲次さんのうでにぐいっと力がこもって、あたしたちははなれた。
譲次さんはあたしの目をまっすぐ見つめて、
「それじゃ、他の男といっしょになってしまうからだ。僕は、えりすにとって、特別になりたい。最初に会った日からずっと……」
かさかさした声でいった。
「好きだ」
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