第1章

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 「えりすが好きになってからで、いい」  すごく悲しそうな声だった。  「丈一さんのこと好きだよ」ってあたしがいったら、丈一さんは悲しくなくなるかなって思った。でも、声に出していえなかった。あたしが丈一さんを好きなのは、丈一さんの中に譲次さんがいるせいだから。丈一さんがあたしのカレシなら、譲次さんもあたしのカレシってことで、それが正しいことなのかどうかあたしにはよくわからなかった。それに、丈一さんの目はやっぱ譲次さんとはちがう。譲次さんの目はどこまでもすきとおった黒なのに、丈一さんの目は白っぽくにごってやさしいところがぜんぜんなくって、見てるとあたしはすごくこわくなる。でも、きっとそれは丈一さんのせいじゃなくて、あたしがそう思うだけなので、悪いなとも思った。あたしはびんぼうだしばかだし料理も下手なので、丈一さんにしてあげられるのは、あそこや口や手で気持ちよくなってもらうことだけだ。  あたしは起き上がって、べとべとできずだらけのせ中にくっついた。丈一さんはふりむいて、あたしの顔を手のひらでつつんだ。指のばんそうこうがほっぺでちくちくして、あたしは笑った。  丈一さんは船がちんぼつするときの船のりみたいな顔で、  「でも俺は、好きだぜ」  っていってキスして、  「まだ、甘いな」  っていった。  あたしはいつか丈一さんのこと、譲次さんのことをわすれても好きになるかもしれない、って思った。でもそのときは、まわりの色がぜんぶ消えちゃわないかな、と心配にもなった。  
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