第1章

2/13
前へ
/13ページ
次へ
 お休みの日、あたしと丈一さんはいっしょに買い物に行った。そのうち、買い物しないでただ歩くだけのこともふえた。  丈一さんはあんまりしゃべらない。ポケットに手をつっこんで、まっすぐ前を向いて歩く。歩くのが早くて、あたしは息が切れてしまう。あんまり早くてくたびれると、あたしは丈一さんのポケットに手をつっこんで、中の手をにぎった。そうすると、丈一さんはちらっとあたしを見て、歩くそく度をゆっくりにしてくれた。  そのときの丈一さんの目がやさしく見えて、あたしは悲しくなった。あたしは、丈一さんの中の譲次さんと手をつなぎたくて手をつなぐ。それを知ってるくせに、丈一さんはあたしのことをやさしく見るからだ。  それでも、ゆっくりのさん歩は楽しかった。ゆっくり歩くと、まわりの風景がよくわかる。  お天気のいいお昼なんか、家のあるところを歩いていると、中から笑い声がしたり、おかずのいいにおいがしたりした。なでさせてくれるねこがいて、急にほえてくる犬がいた。お花をうえたり、うえ木の葉っぱを切ったり、車を洗っている人がいた。道ろでは子どもがキャッチボールやなわとびをしていた。どこからかシャボン玉がとんできて、かごに近づきすぎていんこに「じー」っておこられた。  たくさんの家の中にそれぞれ人が住んでいて、それぞれの人たちはみんなちゃんと生活していた。  あたしは、いつか譲次さんがいったことを思い出した。 ― 君は、自分で選びながら、ちゃんとした人生を歩むことができる人です。  譲次さんのいう「ちゃんとした人生」というのは、きっとこの人たちのことなんだ。  譲次さんといっしょにいたときには、あたしはあんまりわかってなかった。譲次さんのことばっか見て、譲次さんのことばっか考えていたから。  じゃあ、今のあたしはどうなのかな。  あたしは、ななめ前を歩いてる人を見上げた。まっすぐ前を見て歩く目はまだちょっとこわいけど、このままこの人と歩いていくのかもしれない、ってあたしは考えた。  でもそれが、あたしが自分でえらんだちゃんとした人生なのか、よくわからなかった。  どこからかあまいにおいがしてきて、丈一さんはふと立ちどまる。へいの後ろに木を見つけて、  「こっちがきんもくせい。あっちがぎんもくせい」  って教えてくれた。あたしが、  「丈一さん、ものしり」  っていったら、横を向いちゃった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加