八月十四日 午前十一時三十分

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 昆虫達は、阿字邸を始め、本来の分布域である木々を中心とした生物相ではなく、民家や建物に居住する人間を捕食対象として恣意的な行動を選択している。だが、虫である以上は必ず何かしらの法則や条件に従って行動している筈なのだ。一体、生物学的遺伝子情報とは無関係に、どうしたらそうした行動が可能になるのだろう。憔悴しきった私の頭では、この時ろくに論理的な思考が出来なかった。いや、今でもそれは変わらない。  分からない、という、人間にとって至上の恐怖に支配されたまま、私達はただ人気の無い道をフラフラと逃げ続けた。後方五百メートル先の村の中心地にある数軒の家屋から上がっていた火の手は、幾らかその勢いを増した様子だった。私達の周囲一面を囲む田んぼからは、一方でとても穏やかだ。一切の秋の夜虫の声がしないその空間は異質だったが、それでもその無音こそか、私達の求める空間だった。  人に助けを求めなければならない。だが、村人は恐らく、大多数が虫達に襲われている。逃げ延びているかどうかは分からないが、それを自分から確かめに行く気概は無い。電話を探すにしても、この村に公衆電話は存在しない。自宅から離れた場所で電話をする用があった場合は、誰かの家に邪魔をして電話を借りるのだ。そして今私達の居る場所に、民家は一軒も無い。  次に取るべき手段は村を出る事だが、それもリスクが大き過ぎる。犬啼村は、山に囲まれているのだ。  私達が逃げる場所は、一体存在するのだろうか。      ※※※続きは単行本でお楽しみください※※※
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