アイドル

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 先生はマジックを置いて鞄をゴソゴソすると個別包装になっていたお煎餅を「ほい」と渡してくれた。 「あ、ども」  お煎餅を受け取り、包装を破きながら先生をチラリと見上げた。 「おやつ持参してるの?」 「それ? 職員室でもらった。青葉いっつも少食だろ? 腹減らないのか?」 「食ってますよ? 取り敢えず入れとけば。俺、燃費いいんで」 「パンとかおにぎりだけじゃダメだぞ? 野菜や肉も食わないと」 「これ、煎餅ですけどね」  肉や野菜を勧めながら炭水化物を提供してくる先生に突っ込みを入れながらお煎餅を割る。パキッと小気味いい音が鳴る。奥歯でボリボリ噛み砕いた。 「うっせ」  先生は俺のおでこを指先でピシッと軽くつついて、マジックを持ち直す。俺も指先の煎餅カスを制服で拭い作業に戻った。二人で腰を屈め一つの画用紙に向かう。 「だいぶ暗くなってきたな。手伝ってくれたお礼に帰りは二人で焼肉でも行くか? あ……みんなには絶対内緒だけどな」 「マジで?」  バッと顔を上げると先生は声を潜めて言った。 「誰にも言わないと約束できるなら連れてってやる」 「言わない言わない。墓場まで持って行きますよ」 「よし。じゃ、これ終わったら行こうな」  先生はニコニコ嬉しそうに言う。俺は腕まくりして作業を急いだ。まさかこんなご褒美が待ってるなんて思いもしなかった。先生が声掛けた奴らが来なくて本当に良かった。きっと来てたらファミレス辺りだったかもしれないもんね。 ……なんて、実は焼肉にさほどの魅力は感じていない。  どっちかと言えばラーメンの方が好き。でも、学校帰り食べに連れて行ってもらえるってそれだけでもう、ワクワクしちゃうよね。特別感っていうのかな?   俺だけだもん。俺だけ。
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