5人が本棚に入れています
本棚に追加
夕刻。東京。
心よい五月晴れの風が、荒川のみなもを揺らしている。
水上オートバイの一群が、通り過ぎた。
西の空に沈もうとしている夕陽に照らされている。
河川敷に、大型バイクの黒とクロームのハーレーが停まっていた。黒いレザーのサドルバッグがついている。その横で二人の男が土手の芝生に座っていた。
見慣れない種類だが、血統書付きらしい犬を散歩させる人。やはり見慣れないが、デザインのいいロードバイク。ジョギングする人。
とどまらず、みな過ぎてゆく。
全身、黒いレザーのライダースーツに、レイバンの茄子型サングラスの男が、くしゃくしゃになったメモを広げて話す。英語訛りのある日本語を流暢につかいこなす。
「おいしい話には乗るな。ウマイ話には必ず裏がある。と、いっとき構えても、結局乗りかかった船と、必死に船をこぎ出す。その船がすぐ沈むと気づいてもな。餌にホイホイかかりやすい外道の魚みたいなものだ。経済社会の生態系の中ではありがたいカモだが、妻とか母親としては失格だ」
「そんな講釈はどうでもいい」上下が極端に浅いセル・フレームのメガネの男は、無造作に短い金髪の頭を掻く。
「甲野和史の母は、夫つまり父に愛想を尽かされて離婚された。もう、二十年になる。ありとあらゆるマルチ商法、霊感商法、新興宗教にと、なんともまあ容易く食いつく女だ。カモというよりは現代社会という生態系の何でも食べる悪食の家畜のようなものというところか」
「講釈はどうとでも垂れられる」手持ちぶさたに、今度はやたらとヒゲを触る。
「融資の話をとりつけたと思えば、保証人は信用力のある息子。愚かな母を下支えする親孝行のつもりだろうが、あっさりと反故にされたようだ。現実、微々たる安月給では返済には無理がある。そのうち、鬱病になり闘病に。大学講師を休職しては在職に必要な復職が四年後に。その甲斐なく、クビだ。自殺と考えたければ、何ともまあ説得力があるはずだ」と、ため息をつく。
同じようにあきれた風で、「まあ、それは、当人にとっては死んだ方がましと思うに十分かもな。自然で、辻褄は合っている」
ヘルメットを脱いで、刈り上げた短い金髪が、風にあたる。ひと心地ついても、この二人の互いの青い瞳は交差しない。
最初のコメントを投稿しよう!