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 森川稜弥(もりかわりょうや)は、路地裏への階段を降り、『JAZZ喫茶映画館』の扉を開けて中に入った。  水木しげるのマンガの中の世界に似た、不思議なノスタルジーを感じる店内。調度品扱いのくたびれた機械たち。  壁の上にはいろいろな本が並んでいる。  テーブル席は不揃いで、一つ一つが形違いのバラバラで違っている。  カウンター席の奥の椅子には猫が毛づくろいしていた。  スピーカーの前、グランドピアノの天板を思わせる黒くてカーブした一番大きなテーブルに目をやった。  黒髪の長い、年頃は稜弥と同じくらいの大学生らしき娘が一人でいた。  嶋原美景(しまはらみかげ)だ。  目が合うと、稜弥の顔が火照った。  「どうも、嶋原さん。LINEで、ここに来てくれと言うから来たよ」と稜弥は頭を下げた。  「森川くん、よろしくお願いします」  「いやいや、こっちこそよろしくです。それで、何か用かな?」  「おもしろいお店でしょう? あそこに猫がいるでしょう。虎太郎(こたろう)くんと言うのよ。用事というのは、ちょっと怖い人たちとお話しないといけないから、森川くんに来てもらったの。ついていてもらいたくって」  「そういうことなら。俺は九鬼神伝天真兵法というところの継承者。まあ左伝だけれど。じっちゃんが亡くなったから、自動的になってしまっただけかもなあ。でも荒事なら任せておいて。嶋原さん。相手はヤクザ?」  「ヤクザより、怖いかもしれないわよ。森川くん。コーヒーでいい? マスター。コーヒーを一つお願いします」マスターが、頷いた。  マスターはコーヒーを運んできた。  「根津教会で七月二十二日に原発の映画をやるのですけど、よろしかったら」と、稜弥はフライヤーを渡された。  マスターは虎太郎のところへ行って、一緒にパソコンをやり始めた。  店内には、稜弥にとっては、よくわからないジャズが立派なアナログプレイヤーで奏でられている。  美景は「マンゲルスドルフのトロンボーンよ」と微笑む。  稜弥にも聴きなれた曲のメロディ、「さくら、さくら」がトロンボーンで流れた。不思議なアレンジだった。  やがて、二人の外国人が入ってきた。  美景の顔が青ざめる。
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