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「あぁ、違うんです。シマは山の下に鳥を書く方で」  その説明、どこかで聞き覚えがあると思い、うっかり足を止めたのが杏菜にとっては運の尽きだった。  発言の主は市役所の窓口で話し込んでいたスーツ姿の若い男性。7月に入り今日も朝から汗ばむ陽気だというのに上から下まできっちり着こんだ彼は、出勤前で気が急いているのか少しイライラした様子だった。それでも、書類の処理が終わるまでしばらく待っているように、と役所の職員から言い渡されていて、その背後を偶然通りかかった杏菜は振り返った彼と真正面から顔を合わせることになったのだ。 「あ……」 「え?」  互いにぽかんと口を開けた形のまま固まる。  本当に、まさかの再会だったのだ。もう二度と会うことの無いはずだった人。それが、こんな何の変哲もない日常の中で突然出会ってしまうなんて、誰が想像しただろうか。 「た……泰生(たいせい)、くん……なの?」  早朝らしい爽やかな活気と、役所特有の殺伐とした雰囲気とが入り混じる空間の中で、二人はただ茫然とその場に立ち尽くし、お互いを見つめ合った。     
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