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「なんか、どうしてばっかり」
杏菜が苦笑しながら指摘すると「あ、いや……」と、泰生は困惑した調子で目を泳がせた。いまだ不意打ちの再会に対する衝撃がおさまっていないのだろう。無理も無いか、と杏菜は思った。だって、あれから10年も経っているのだから。
「今日はね、児童手当の申請に来たの」
対照的に杏菜の方は少し落ち着いてきた。だからそんな返事をしたら「児童手当?」と泰生はオウム返しに尋ねてきた。
「子供がいるの?」
「そうよ。シングルマザーだけど、何か?」
笑顔のまま、尖った言葉が不意をついて口から滑り出てしまい、それと同時に驚いた泰生が息を呑んだ。
そのうろたえた顔を見れば、悪い事をしたな、と杏菜だって一応思う。何しろ今の彼の問いの中には、悪気なんてこれっぽっちも無かったのだから。
でもなんとなく素直には答えてやりたくなかったのだ。だって杏菜はもう、泰生の知っている昔の杏菜じゃないのだから。
杏菜の態度から拒絶の意志を感じ取った泰生は、どうしていいものかと頭を真っ白にしてしまったようだった。しかし杏菜が「じゃあね」と立ち去ろうとすると、その背中に向かって追いすがるように質問を投げかけて来た。
「い、い、今、どこに住んで……」
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