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 純粋に、良かったと思う。その気持ちに嫉妬や僻みは含まれない。そもそも嫉妬とは、同じ立ち位置にいるはずが自分だけ叶わないときに生じる気持ちで、泰生と杏菜は当時から同じラインに並んでいなかったし、彼が医学部へ進学するため、将来的には実家が経営する病院を継ぐために並々ならぬ努力をしてきたのを杏菜は知っている。  念願叶って医者になった泰生が、どうして実家では無くこんな僻地の病院で働くことになったのかはよく分からないが、元気でやっているのならそれで構わない。  この10年、いろいろあった杏菜も今は元気に暮らしている。  杏菜が濱浦市へ移住してきたのは約半年ほど前、まだ梅の花も咲いていない寒い冬の日の事だった。荷物になるからと、洋服もコートも、とにかく重ね着して、汗をかきながら高速バスでやって来たのを覚えている。  なぜ縁もゆかりも無いこの地に杏菜が移り住むことになったかというと、シングルマザーを対象にした移住者の募集があったからだ。  濱浦市は都心から車で2時間半、外洋に突き出した半島の先端にある小さな地方都市で、数年前には近隣5つの町や村が合併し市に昇格したばかり。気候は温暖、自然豊かで、山海の幸にも恵まれた住み良い地域なのだが、いかんせん過疎化の波には抗えず、若年層の都市部への流出は積年の課題だった。     
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