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 唇を尖らせて悪態をつく杏菜に、泰生は柔らかな笑みをむけた。ケアワーカーの仕事に消毒液が欠かせないことを彼は知っているらしい。消毒液だけでは無い。利用者さんの汚物の処理をすると汚れが爪の間にまで食い込むから、せっけんで何度も手を洗い、余計にまた荒れる。ケアワーカーは資格も不要で、誰でもすぐ働けるのは魅力だが、楽な仕事では決して無い。  泰生は愛しげに杏菜の指をなぞり「この手が好きなんだ」と言った。 「10年前も杏菜さんの手はパーマ液なんかで荒れていて、それでも一生懸命頑張ってた。自分で稼いだお金で学校に通って夢を追いかけるっていう杏菜さんの姿が、僕には衝撃で」  きらきら輝いて見えたんだよ、なんて真顔で言うから、杏菜は柄にも無く慌ててしまった。照れ隠しでは無い。泰生の中で、無駄に美化されている自分に驚いたのだ。 「な、何言ってんのよ。親が学費を出してくれないから仕方なく働いてただけで、あたしなんて偉くも何ともないよ。つまらない男に引っかかって未婚の母になっちゃってさ。今だって、過疎対策とかいう名目で家と仕事を用意してもらって、毎日をただ乗り越えるためだけに生きているだけで、夢とか希望なんて、そんな大層なものは持ち合わせて……」 「そういう人はこういう手にならないよ」  泰生はそう言って、もう一度杏菜の手を強く握り直した。 「杏菜さんは今も一生懸命頑張ってるんだよ」  泰生の言葉が、繋いだ手の平からじんわり沁み込んでくる。  ……この(ひと)、性格悪い。     
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