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 見上げれば、柵の向こう側からぬうっと首を突き出した背の高いアルパカが、口をもさもさ動かしていた。アルパカという生き物は全ての動きが緩慢で、その思考を読み取るのは難しいが、とりあえず人間の髪の毛は美味しくないらしくて、(むし)った当人も納得いかない顔つきをしている。 「か、髪の毛、食べられたの?!」 「うん……びっくりした」  痛みより、驚きの方が大きいらしい。鳩が豆鉄砲を食ったような顔がおかしくて、杏菜は申し訳ないと思いつつ、お腹を抱えて笑ってしまった。 「ヤダもう。餌に間違えられちゃったのかな」  こぼれた牛乳をハンドタオルで拭きとってあげた。それでもズボンにシミができてしまっている。それから杏菜は頭にも手を伸ばそうとしたのだが「うわ、ヤバい。頭のてっぺんが、(よだれ)でべちゃべちゃ」と頭上を覗き込んだ途端、余計に笑ってしまった。 「そ、そんなに笑わなくてもさ」 「だって、超ウケる。こんなのって……」  杏菜は柵の向こうのアルパカを見やった。いまだ口をもごもごさせている無表情なこの草食獣を、ナイスアシスト、と心の中でこっそり褒めてやる。 「なんだかなぁ……これでもう、わざわざ睨めっこで決めるまでも無くなっちゃったね」 「え?」 「こうなったら、とにかくこの頭を洗えるところに行かないと、ってことでしょ」  杏菜は手に持っていたホットドッグの残りを泰生の口の中へ無理やり放り込んだ。そしてまだ目を白黒させている彼の手を取って、牧場の出口へ向かって歩き始めた。     
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