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0‐0 新しい家族 *セイ*
バチッ、カツン、グチャ、ボテ
俺の体や皿の中に打ち込まれる物体の音、正体はピーナッツ。円卓の斜め隣に座る少年からの攻撃だった。
「(いてっ)」
頬にピーナッツを受け眉間を寄せた。母が「セイ、なにか言った?」と聞いてきた。
「なにも言ってない、けど……」
答えながら目線をソラへと向けた。少しは焦るだろうと思ったが、ソラは平然とスープを飲んでいる。その隣には出会いからひたすら俺をじぃ―――っと凝視する少年の姉がいる。
「セイくん、箸が進んでないようだが中華料理は嫌いかい?」
母親が俺に身体を向けたせいで姉弟の父親、杉原が話しかけてきた。
「この店は料理も接客も、雰囲気もAランクだと知り合いに教えてもらって予約したんだが、口に合わなかったかな」
「そんなことはありません、いただいています」
俺は努めて丁寧に受け答えをした。
……いったいどうしてこんなことになってるんだ。
俺は必死に頭の中を整理する。
確かに俺の父親は十年前に事故死した。――お父さんの分も強く生きなきゃね。
当時の母の口癖が蘇ってきた。
――セイには寂しい思いをさせるかもしれないけど、お母さんいっぱい働くからね。
幼いながら、僕は強がったはずだ。
――ぼくもお母さんを手伝う! さびしくなんてないよ!
俺を養うために母はいくつもの仕事を掛け持ちしていた。昼間は派遣の清掃員、夜から明け方にかけては弁当製造のパート、土日はスーパーだ。子供には金がかかる。
常に罪悪感が傍らにあった中学時代のある日、母はすべての仕事を辞めて派遣先だった会社の社長宅で家政婦をすることになった。バツイチの社長には子供がふたりいた。生意気で気難しく、数か月、いや数週間、最短では当日に家政婦を『クビ』にしてしまういわくつきの家だった。幸か不幸か、母は追い出されなかった。
――これでセイにも人並みに欲しいものを買ってあげられるわ。ゲーム? 携帯電話? なにが欲しい? そういえばバスケで使うなんだったかしら、前に欲しいって言ってたわね
母の収入は安定し、俺たちの暮らしは楽になった。
突然、普通の家庭のように欲しいものが手に入る環境が訪れた。だがそれと引き換えに母親との時間は更に減った。社長は多忙だ。契約時間通りでいいと言われても、母は幼い子供たちを残して帰ることができなかった。
「ごめんね、セイ。また今日も遅くなって。お腹空いたでしょう」
俺は腹の中で「ふざけんな、他人のメシと息子のメシとどっちが優先なんだよ!」と怒鳴っていた。だが息を切らして帰ってくる母を見ると労う言葉しか出てこなかった。中学の頃は空腹との戦いだった。
高校では学食が利用できた。すると昼用に用意してくれていた弁当は夜用になった。正直、助かった。
「いつもいつも冷たいご飯でごめんね」
母は気にしていたが、そんなものはレンチンすればいい。俺は「平気、平気!」と笑った。
「セイは本当に良い子ね。お母さんの自慢だわ」
「おおげさだって」
俺が渋々演じていた“出来のいい息子”に、母は安心しきっていたのだろう。だからこんなことになったのだろう。
俺は想像もしなかった。
俺の忍耐のその裏で母が雇い主の社長とデキていて、高い給料の内訳が『援助』だったことを。今俺の前にいる例の問題児たちが、とっくの昔から母を「お母さん」と呼んでいたことを。
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