海の姫と陸の王子

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   どこかでクジラが鳴いている。  2匹のクジラが鳴いている。  2つの鳴き声は重なり合ったり離れたり、ゆらゆら、ゆらゆら、深く蒼い海に溶ける。  あたしはそれにまどろみながら、遠いあの日の夢を見る。  想い出のあの日は遠すぎて、つかもうとすると泡となって弾けて消えた。  消えたのは想い出?それともあたし。  ああ、思い出した。あたしは弾けたんだったよ。  そして2匹のクジラの声だけが海に残った。  青い太陽が眩しくて目が覚めた。  また寝過ごしてしまった。  昨日遅くまで拾ったスマホをいじっていて、寝たのはたぶん明け方くらいだったと思う。  波の上で漁に出る船のエンジン音が聞こえてきたからさ。  姉たちから小言を言われる前に琉海(るか)は寝床から抜け出した。  虹色の大きな尾っぽを一振り。  水の中をぐいっと飛ぶように進む。  尾っぽの先まで伸びる白銀の髪がたなびく。  食べ物は人魚の食べ物よりも人間の食べ物の方がいい。  今日のブランチはどこで手に入れよう?この時間だといつもの堤防に行っても朝の釣り人たちはもういないだろう。  人間のいるところには近づくなって、いつも姉たちに言われているけど、海藻や貝はもう食べ飽きた。  あたしは肉が食べたいんだ。  肉!肉!  姉たちはそんな琉海を純粋な人魚じゃなくて死肉を食らうセイレーンの血が混じっているのではないかとからかう。  でも本当は誰もそんなことは思っていない。  なぜなら、琉海こそが人魚の一族を救う伝説の人魚だからだ。  琉海が生まれたとき、その虹色の尾っぽと白銀の髪に他の人魚たちは息を呑んだ。  ずっと待ち望んだ姫がついにまた誕生したのだ。  琉海の前の姫はその使命を果たすことなく海の泡となって消えた。  180年も前の話だ。  このときアンデルセンと言う人間が姫の話の一部を書き残している。
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