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燃えた女
暑い。うっすらと目を開けて空をみると快晴だった。青く抜けるように高い空にわずかに絹糸のように白い雲が浮かぶ。健吾の嫌いな青空が今日も広がっている。
大きく開け放たれた縁側から、さらりとした風が部屋に入ってきた。緑色に染まる池には小さく縮緬のしぼのような波がたち、それが白砂と岩で作られた汀へと寄せている。縁側に提げた南部風鈴が高く澄んだ音でチリンチリンと鳴る。耳を聾するほどの蝉の声。
「健吾さん……健吾さん」
懐かしい声がした。見ればすぐ目の前に藍地に白く露草を染め抜いた夏の友禅の膝があった。女が正座をしているらしい。健吾はパチパチと瞬きをして目だけを上へ上へと動かしていった。白地に観世水を金泥で描いた絽の名古屋帯に浅葱に錆朱をわずかにいれて編んだ帯締め、きちんと合わせた胸元から覗く真っ白な半襟。すんなりとしたうなじが緩みのひとつもない顎へと続く。紅など注さずともほんのりと朱く艷やかな唇。一重の薄いまぶたの下には健吾を見下ろす黒い瞳。上村松園の描く女たちに似たその顔を健吾は忘れるはずもなかった。
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