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自分が殺した女だった。
「初子……さん?」
女は頷いた。
「空が澄んで高いこと。今日は立秋ですわ」
初子は項に残るわずかな後れ毛を吹かれながら庭を見つめ歌うように言った。
「あの日は暑かったね」
「暑かったわ」
「済まなかった。行くつもりだったんだよ」
「そうかしら。わたしこんなにおめかししたのに、燃えて灰になってしまったのよ」
初子の目が軽く怨ずるように男の顔をみた。それからふふっと小さく笑った。またリリンと風鈴を鳴らして風が渡っていく。表替えしたばかりのい草の香りが清やかに立つ。
「ねえ、この着物いいでしょう」
初子はすっと立ち上がってそこで一度回ってみせた。帯に流れる観世水の上品な金色が美しく、着物は下の長襦袢の白を映して涼しげであった。
「ああ。よく手に入ったね。――かい?」
健吾は随分と以前に廃業した大きな呉服店の名を言った。
「ええ。番頭さんにお願いして。初子ちゃんの頼みだしおめでたいことだから断れないって。あなたの好きな露草をすごく無理をいって京都で染めてもらったの。それを急いで裁って寝ずに縫い上げて」
楽しそうに初子はそう言うのだ。
「済まなかった」
健吾は繰り返した。
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