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 母校の高校近くで開いているピアノ教室を済ませて帰宅すると、店番をしていた母が佳代を呼び止めた。 「聡子さん、お産のために実家に帰ってきているらしいわ。佳代は知ってた?」  佳代は知らなかった。五月に会った時は、聡子の口からそんな話は聞けなかった。秋の涼しい風が吹いている今、お産で帰省しているとなると、三人で会ったあの頃はすでに安定期に入っていたのだろう。 「へえ、驚いた。聡子、いよいよママになるんだ。でも、そんなおめでたいこと、なんで教えてくれなかったのかなあ?」 「なんとなく言いそびれたのよ。言いそびれて電話でもしようと思っていて、忙しくてそのままになっていたのかもね」  佳代は母らしい気遣いの言葉だと思った。そして聡子も佳代に妙な気遣いをして言わなかったのだとしたら、それは間違いだと思った。同級生とは言え、聡子と佳代はそれぞれ別の人生を生きている。たまたま、佳代より聡子が早く結婚して子宝に恵まれた。ただ、それだけのことだ。
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