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 五月の風は若葉そのものの匂いがする。  風に顔をなぶられながら走るのはなんとも心地よい。自転車に乗るのは本当に久しぶりだ。佳代は、果てしなく田んぼが広がる農道をひとり気ままに自転車を走らせることがこんなに楽しいものだとはかつて経験したこともなかった。  疾走する快楽に身をゆだねる。県北の盆地のわが故郷は思っていた以上に広い面積があるのだと佳代は身体で実感させられた。  二十分ばかり走って盆地の端のなだらかな山懐にある小さな建物の前に到着する。集落の公民館だ。鍵を開ける。淀んだ空気にムッとさせられる。急いで窓を開けて空気を入れ換える。途端に山からの澄んだ空気がホールに充満する。佳代は清澄な空気を里へ送り込む県境の山なみに目を遣る。見渡す限り、山は新緑であふれかえっている。自然のエネルギーに圧倒される。若葉が萌えることを山が笑うと表現するのだと高校の授業で習ったことを思い出す。
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