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私に体重を預けながらタロウは、寝違えなんかしていない首を正面に向けて笑っていた。
「なあ。保健室、遠くないか?」
「うん。薄々気付いてはいたけど」
校内案内は授業の最後にある。
「迷った。ごめんなさい」
タロウは声を噛み殺し、肩を震わせて笑っていた。
「謝らなくていいよ。首痛くないから」
そう言うと、タロウは私の身体から離れた。
「保健室探すがてらのんびり昔話でもしない?」
「いや、それはちょっと」
私の言葉を遮り、タロウは話をしながら歩き始めた。
「俺さ、あん時すんごい嬉しかったんだ。外国に住んでた頃は、ハーフの鼻は低くてそばかすだらけだって笑われてさ。父さんが死んで、母さんは環境を変えようと日本に帰ったんだ。けど、日本語なんて話せなかったし。また笑い者になるって思ってたら、ハナコが一緒にいてくれた」
タロウは先を歩き、振り返った。
「俺。最初に覚えた日本語は挨拶でも何でもなくて、ハナコって名前だった」
タロウはまた前を見て歩き始めた。その背中は大人になりかけの男の子の背中だった。その姿に、何とも言えない、むず痒い気持ちになった。
「日本語。一杯努力して勉強して覚えたんだね」
私の言葉に驚いて、タロウは振り返った。そして微笑んで私に近付いた。
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