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「お、そうだった。沖川と山野のプリントはこっちで預かっておく。宿題提出までには戻って来れるだろうが、間に合わない場合は、帰りに職員室で貰う。さあ、自己紹介始めるぞー」
「沖川さん。よろしくね」
「あ、はい……」
女の子たちの、雌豹の様な視線に耐えつつ、タロウという男の子の腕を自分の肩に回した。力を入れる必要もないくらい、私よりは遥かに軽い身体だった。
教室を出ると、沢山の人々の存在に反比例して、どこもかしこも静かだった。
「あのさ。沖川さんって俺と会ったことあるでしょう?」
「あー。えっと」
「タト」
「あ!」
タト、という言葉に私は聞き覚えがあった。
「俺、あの時まだ日本に来て数日でさ。林間学校の先生が母さんの知り合いで、少しでも馴染める様にって行くことになって。自分のタロウって名前を小さい頃は上手く言えなかった。その癖でタトって自分でも言ってたし、母さんもタトって呼んでた」
「あ、えっと」
「タロウで良いよ」
「タロウ、君」
片言でも、一生懸命自分の名前を言おうとして、上手く言えなかったからか、走って木の陰に隠れて泣いていた男の子。
「俺、自己紹介上手く出来なくて恥ずかしさと悔しさで逃げて泣いてたらさ、声掛けてくれた女の子がいて」
私が足りない頭で考えて、やっと発した言葉は今も忘れていない。
「私はハナコ。よろしく、タト君」
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