綺羅星の最期

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郡司屋敷で大切にされて数日を過ごしたが、 綺羅星の体調は、 実際ますます悪くなるようだった。 朝目覚めても、 床から起き上がるのもままならない。 寿王も北の方も ゆっくり逗留するように勧めてくれていた。 医者にも見せるという。 家人たちは表立っては言わないが 綺羅星を気味悪がっていた。 寿王が大切にしてくれればくれるほど 綺羅星は身の置き所がない。 なに、今生の別れに顔を見に寄っただけのこと。 ここは自分の死に場所ではない、と悟り ある日、密かに旅立つことに決めた。 「若殿さまと北の方様の上に 長寿と繁栄が、千代に八千代にありますよう」 そう書き置きして 下人に嘘を言って木戸を開けてもらい 夜目にまぎれて屋敷を後にした。 雨の季節は 郡司屋敷でやり過ごしたので 苦にはならなかったが 日に日に日差しが強くなり 綺羅星の最期の体力を奪っていった。 行きつけるところまで行ってみよう それから10日ほど 裏街道をぼつぼつ歩き とうとう杖を頼りにも腰が上がらなくなって ある村の辻の阿弥陀堂に転がり込んだ。 (遊女の往生際には、 一番愛の深かった男が迎えに来る) まだ遊女になったばかりの少女の頃 或る僧に聞いたそんな話を 綺羅星は後生の大事と胸のどこかに抱いていたようだった。 いよいよ自分の最期だと感じるこの2、3日 記憶の奥底からそれが「ぽろり」と転がり出て 喘ぎ喘ぎする息が苦しい中の なにか拠り所のようになっている。 (一体誰が私を迎えに来てくれるのだろう 私より若く往生した男はたくさんいるし 中には私を随分大事にしてくれた人もいる。 だけど、こんなに老いた私の姿で 迎えに来て下さったその方を 驚かせやしないだろうか… 紅、おしろいくらい施しておこう) 心配になって懐をまさぐった自分が 可笑しくなって薄く笑った。 遊女の命という、白粉と紅など とうの昔に、何かの食べ物と交換してしまい 何一つ持っていないではないか。 (でも乞食婆が死化粧していたなんて それはそれで面白かったのに、ほほほ) 古いゴザの積み上げられた上に のせかけていた頭を少し起こし 阿弥陀堂の遣り戸の隙間から差し込む西日に 自らの手首から掌を透かして見た。 日に焼けて縮んだ皮膚に血管が浮き上がり 既に死期の近い者らしく 皮膚は蝋のように透けていた。
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