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「よくまあ…我ながら
長く歩いたよ」
綺羅星は声に出して言ってみた。
枯れ枝にぼろ布を纏わりつけたような腕
よくも、こんな頼りない細腕でたった1人
90の齢まで…たった1人
浮世を生き抜いてきたことだろう。
遊女の家に生まれて
当然のように遊女になり
街道の宿から宿へ、西は淡路、東は尾張まで流れ、
再び東から西に流され戻り
それを繰り返し繰り返し
90年も生きたわけである。
大病に倒れたこともなく
たった一回した御産も軽く
長寿を全うした。
ただ、その引き換えなのか
産んだ子とは生き別れ
5歳になる一月前に死んだということだから
綺羅星は死んだ我子の分までも
長生きしたことになる。
村外れの阿弥陀堂は
無宿人や旅の病人が居ついても咎める者はいない。
堂の前にイモや団子など食べ物を置いていく者もある。
それは堂の中に、この数日、
綺羅星が潜んでいることを知っての善意なのだった。
きっと彼らは綺羅星が死んだら
無縁墓に投げ入れ、
道端の小菊の一本でも手向けてくれることだろう。
強くなった西日が堂に入ってきた。
すると、堂の奥に、
素朴な木を刻んだ「み仏」が姿を現した。
中央は阿弥陀様で両脇に一対の不動が侍っている。
不動の脹脛の隆々とした筋肉を照らしだすように
丁度西日が当たっているの見て、
綺羅星はふと、昔こんな不動の足に
しがみついて泣いたことを思い出した。
あれはまだ、40代の中頃だった。
街道を流れることに少し疲れて、
小さな遊女屋に身を置いていた。
盛りはとうに過ぎていたが
遊女の商売はまだ成り立っていた。
たまたま付いた若い侍が
どういうわけか綺羅星に夢中になって
通いつめるということが有った。
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