綺羅星の最期

6/9
前へ
/9ページ
次へ
侍は綺羅星よりずうっと若い22、3の若者で 美濃の奥の百姓の子。 侍になりたくて鎌倉殿の下侍に 仕官が決まった直後だという。 お呼びがかかれば鎌倉に発つ。 その前に遊びきるつもりで 綺羅星のいる遊女屋にふらりとやってきた。 初めの10日ほど居続けて、 そのあと1カ月ほどは3日と開けずに通った。 綺羅星も、その若い情熱に絆(ほだ)されて 夢中になって尽くした。 若者の未来は希望と不安に満ち、 まだ人生の辛苦を知らない。 無邪気な熱情で綺羅星を思う様抱いた。 宿に来るなり、嬉しそうに綺羅星の手を握り 絡ませた指を切なそうに擦ってきた。 「綺羅星の匂いをかぐと こう…背筋がすうっと寒くなるわい」 と、可愛く言った。  小柄だが百姓らしくがっしりした若者の体は いつも熱があるように火照っていた。 (そういえば私が15の頃 可愛がってくださった京都の大納言は、 私を抱くたび、お前の体は熱い熱いとおっしゃった。 今、私がこの男に感じるこの熱は 若さそのものなのだ) 綺羅星は若者にもみくちゃにされながら そんなことを思ったものだった。 前晩に他の馴染みがついたと知ると 「俺のものだ!」と 気が狂ったように乱暴に扱う時もあったが普段は優しく 若者は飽かずに朝に晩に綺羅星を抱いた。 それは底をつきない若さの証だったが 綺羅星もそれに流されるように 今まで知らなかった感覚が呼びさまされ、 遊女らしく演じるなどという余裕もなく 声を上げているのだった。 それが、 何の前触れも無しに、 ふいと姿を見せなくなった。 急に断ち切られたように通ってこなくなり 今までに知らなかった苦しみが綺羅星を襲った。 この商売をしていれば、 男に急に去られるにはもう慣れていた。 そのはずだったのだが、 身体ごと焼けつくようなさみしさは 40を過ぎて初めて知ったことである。 それは他の客に抱かれても 酒でごまかしても、どうにもならない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加