いつの間にか夜が明けて。

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「ん・・・」  指先がかくん、と空を掴むのを感じて意識が戻る。  手の平の中には、ひんやりとした空気。  真新しすぎるシーツが肌に違和感を覚えさせ、目を見開く。  ここは、覚の部屋。  だけど、覚の気配がしない。  力の入らない身体に焦れながらなんとか身を起こすと、つい先ほどまで指を絡めてくれていたはずの男を呼ぶ。 「さとる・・・。覚!!」  どんなに叫んでも、いらえはない。  這いずるようにベッドから下りて、震える手足に舌打ちしながらなんとか衣服を身につける。  動けない代わりに、まだ薄暗い部屋に視線を走らせた。  家財道具に変わりはない。  でも、昨夜この部屋に入った時に見かけたバッグや上着、そして母親の位牌が消えている。  覚が、出て行った。  覚は、帰らない。  頭に血が上り、くらくらと目眩がした。  呼吸が、うまくできない。  でも、追いかけないと。  もう、二度と会えないかもしれない。  とめないと。  裸足に靴をひっかけて外に出る。  膝に力が全く入らない。  走りたいのに、走れない。  まるで自分のものではないような足をなんとか前に進めようともがきながら、生け垣を抜けると、開けた芝生の真ん中に、車椅子に乗った祖父が秘書の一人を従えて白みかけた空を見上げていた。  自分がこのようなさまで出てくることを予想して待ち構えていたのだと瞬時に悟り、かっと頬が染まる。 「あなたですか、覚を・・・、覚をどこにやったんです!!」  みっともない自分の叫び声が、広い花園に虚しく響き渡った。  振り返った祖父の哀れむような表情が全てを物語っている。  覚は、手の届かないところへ行ってしまった。 「覚を・・・覚を帰して、覚を返してお願いだから・・・」  もう、一歩も前へ進めない。  じんわりと湿り気のある芝生に膝を着き、祖父の足下に倒れ込んだ。 「おねがい・・・。おねがいします、お祖父様」  手の平と、額を芝生にすりつけ懇願する。 「・・・顔を上げなさい、俊一」  祖父の声は静かで、まるで立ちこめる朝靄のようだった。  肩で息をしながらゆるゆると視線を上げると、記憶の中よりもいくぶん小さくなった顔が見下ろしていた。  祖父も、随分とやつれている。  住み込み家政婦の一人だった覚の母が亡くなって、まだ十日あまり。
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