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小柄な身体でこまめに働き、いつでも弁えている彼女を、祖父はいつの頃からか愛人にしていた。
それが単なる出来心でないことは、誰もが承知している。
連れ子の覚の養育費も祖父が出しているという噂はこの土地の者なら一度は耳にするくらい、大切にしていたはずだ。
なら、なぜ。
ぺたんと正座すると、秘書の手を借りて祖父も芝生の上に腰を下ろした。
正面から見据える祖父の瞳は、やや緑がかっている。
欧米人の緑とはまた違う趣の、不思議な色だ。
真神家は遡れば古代にまで繋がると言われる古い家で、その名残が瞳の色に時々出ていた。
父の惣一郎と、今年生まれたばかりの弟の憲二はどちらかというと光の加減で黄金色に見える。
生母の光子が関東古来の名家だった自分は、彼女の家系を継いだらしく、髪も瞳も闇のような色だった。妹の清乃も真神家の分家筋から来た継母の芳恵をそのままコピーしたかのような容姿だが、瞳の色は同じく漆黒で、なんとなくそこが愛しく感じた。
真神、とは、古代は狼を意味していたとも言う。
人と獣の間に子どもが出来ることはあり得ないが、それを信じさせたくなる非凡な力を、祖父と父、そして弟の瞳は宿していた。
日本狼はとうに絶滅して。
しかし、真神家は現代まで脈々と続いた。
何事にも続けるにはそれなりの努力がいる。
そのためになんらかの犠牲を払われ続けてきたことは、その血脈と同様に暗黙の了解だった。
俊一も物心が付いた時から、それが当たり前だと思っていた。
しかし。
覚が現われてから、それがだんだんと変わっていった。
いつでも優しく接してくれる芳恵と血が繋がっていないと知って以来、どこか虚ろになってしまった自分の心を、覚が満たしていく。
最初は、家政婦の子だから、自分の召使い。
そんな扱いをしていた。
寝室に侍っていたぬいぐるみのクマも、父に与えられた洋犬も、決して話し相手になってはくれない。
でも、覚は言葉を理解するし、一緒に木に登り、時には喧嘩もしてくれる。
どこか遠慮がちな地元の子供たちや親戚たちよりも近い距離に、同じ年の覚がいることがだんだんと嬉しくなった。
毎日毎日、真神家の広い敷地内を覚と走り回っているうちに、身体も丈夫になっていく。
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