いつの間にか夜が明けて。

6/10
前へ
/10ページ
次へ
 かろうじて名前だけは考えていたようだが、それすら秘書の一人に持たせただけで連絡すらしなかった。  さすがに祖父母が叱責したようだったが、忙しいの一点張りで聞く耳を持たなかったと聞いている。  落胆する母に、祖父母を含めた真神家側の親族も出来る限りのことをしたと思う。  しかし、その頑なな態度は、端から見れば異常だった。  憲二は、惣一郎の子どもではないのかという憶測が流れたくらいだ。  それを覆したのが、憲二の瞳だった。  顔立ちは芳恵のように赤ん坊にしては整っていて、瞳は黄金色がかっている。  直系の血を引かねば現われない特徴だった。  祖父の子ではないかという話も出たらしい。  それを耳にした芳恵は倒れ、以来寝込見がちな日々を送っていた。  そんな中、頼りにしていた家政婦の一人である夕子が突然亡くなり、この本邸は一気に暗くなった。  憲二の百日祝いも目前だ。  ここにきてようやく、惣一郎は帰郷する気になったらしい。  ヨーロッパ外遊から戻り次第、本邸へ顔を出すという知らせが届いた。  それが、夕子の通夜の最中のことだった。  なぜ、父はここまで冷酷になれるのか。  幼い頃に偶然居合わせてしまった父と母の情事を思い出す。  あれはまだ小学校も半ばの頃。  覚とふざけて父の書斎で遊んでいた。  その日父は不在で、父の机の下を秘密基地がわりに籠もっているうちに二人で肩を寄せ合って眠ってしまった。  異様な状況に気が付いたのはそれから随分経ってのこと。  自分たちの頭上でせわしない音と声が聞こえ始めて目が覚めた。  覚は自分より先に起きていたらしく、声を上げようとした自分の口をふさいだ。  机の上で絡み合っている、父と、継母。  褒美だ、受け取れ、と冷たい父の声が聞こえる。  それに感謝の言葉を返す継母のすすり泣きが聞こえた。  がたがたと打ち付ける音。  服が裂ける音。  何か、ぐちゃぐちゃとした音。  それは、夫婦の営みではなく、どこかいびつな、主人が飼い犬に気まぐれに与える褒美のようなものだった。  あくまでも冷徹な父の扱いに、清廉な母は泣いて縋って受け入れていた。  父の言う褒美、とは、先日両親に伴われて出席したパーティで自分が立派に努めたことに対するものだと、二人の切れ切れの会話から知る。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加