いつの間にか夜が明けて。

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 母は、この、適当に放り投げられた肉のような褒美のために、今まで尽くしてきたのだと、男女の交わりもまだよく知らなかった自分は理解した。  貶められ、虐げられても、抱かれたい。  そんな母の一途な恋心を、父はあざ笑い、いたぶった。  そして、そんな不毛な関係は、今もまだ続いているのだ。  なぜ、そこまで残酷になれるのか。  なぜ、そこまでせねばならないのか。  全ては、自分のためだった。  父は、生母の光子を心から愛していた。  光子だけしか、見えない。  真神家をもり立てること、そして、光子の残した俊一を高みへ上げることだけに、父は心血を注いだ。  俊一が後を継ぐ時に、盤石であること。  それだけが父の望みであるのは、誰にでも容易に推測できた。  歪んでいる。  妄執だけがそこにある。  その歪んだ王国の中に、自分は一人囚われなければならないのか。  机の下ですべてのからくりを知ったあの日から、父が、心底恐ろしかった。  あの日。  事が終わって二人がそれぞれ立ち去ったあとも、衝撃に震える自分をただ黙って抱きしめ続けてくれたのは覚だった。  覚の、熱い身体。  じんわりと立ち上る汗。  そしてそれに混じる芝生と土の香り。  どこか、ひなたの匂いがした。  ゆっくりとした呼吸が心地よく、じっとしがみついているうちに夜は更けていった。  あの日の空も、ちょうどこんなに静かな朝靄に包まれていた事を思い出す。  静まりかえった邸内の湿り気のある芝生を、二人で手を繋いで歩いた。  寝室へ戻る気には到底なれなくて、書斎から一番離れている池を目指す。  回遊式日本庭園になっている大きな池の中のほとりに、昇ると見晴らしの良い大きな岩があり、まだ小さかった自分たちが横になっても大丈夫な大きさだった。  そこへ二人でよじ登り、そのまま両手両足を投げ出して仰向けに寝転がった。  明けの明星が、消えようとしていた。  二人で指先だけを絡ませて、じっと空を見上げ続けた。  やがて朝陽に夜の気配がおしやられるその時まで。  覚が、いてくれたから。  また起き上がって、歩き出せた。  何事もなかったかのように朝を過ごせた。
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