いつの間にか夜が明けて。

8/10
前へ
/10ページ
次へ
 思い出も記憶も心の痛みも、そして身体の全ても、覚に知られていないことは何一つない。  身体を繋げて、ますますそう思うようになった。  伴侶、比翼の翼、それを表わす言葉はいくらでもあるだろう。  でも、そんなものでは足りない。  出会って十年。  覚のいない生活なんて、考えたことがなかった。 「さとるは・・・。どうなるの」  僕は、どうすればいいの。  悲鳴を上げてしまいそうだ。  息の仕方も、わからない。 「急なことで、手続きが難航しているが・・・。準備が整い次第、留学させることにした」  留学。  なんとか祖父の言葉を理解しようともがいた。 「いったい、どこへ・・・」 「それは、教えられない」 「なぜ」 「知ったら、会いに行かずにはいられないだろう?」  その通りだ。  今、この時も会いたくて、会いたくて仕方ない。 「ぼくも、僕も行かせて、お祖父様。きちんと二人で勉強します。だから・・・」  祖父の膝に縋った。  あの時から、肉親にこうしてすがりついたことなどない。  真神の跡取りとして、いつも立派に振る舞うように努力してきたつもりだ。 「覚を、僕から取り上げないで下さい・・・」  動かない祖父の膝に顔を伏せて懇願した。 「引き離すつもりは、ない」  優しく頭を撫でられた。 「だが、このままでは間違いなく、覚が潰されてしまうだろう」  静かに下りてくる、重いため息。 「芳恵にも類は及ぶだろうよ。それしか、あれには落としどころが見つけられないだろうから」  俊一は、芳恵が好きだ。  愛して、いる。  若い身空で、一歳に満たない自分の母親になり、実の子以上に慈しんでくれた。  たとえそれが父からの愛を得るため行動だとしても、充分だった。  白い花のような、美しい母。  何度父に踏みつけにされても、汚れない母。  この世で一番、美しい、ひと。  覚と同じくらい、なくてはならない人だった。  遺影の中で高慢な笑みを浮かべる母を慕ったことは一度もない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加