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思い出も記憶も心の痛みも、そして身体の全ても、覚に知られていないことは何一つない。
身体を繋げて、ますますそう思うようになった。
伴侶、比翼の翼、それを表わす言葉はいくらでもあるだろう。
でも、そんなものでは足りない。
出会って十年。
覚のいない生活なんて、考えたことがなかった。
「さとるは・・・。どうなるの」
僕は、どうすればいいの。
悲鳴を上げてしまいそうだ。
息の仕方も、わからない。
「急なことで、手続きが難航しているが・・・。準備が整い次第、留学させることにした」
留学。
なんとか祖父の言葉を理解しようともがいた。
「いったい、どこへ・・・」
「それは、教えられない」
「なぜ」
「知ったら、会いに行かずにはいられないだろう?」
その通りだ。
今、この時も会いたくて、会いたくて仕方ない。
「ぼくも、僕も行かせて、お祖父様。きちんと二人で勉強します。だから・・・」
祖父の膝に縋った。
あの時から、肉親にこうしてすがりついたことなどない。
真神の跡取りとして、いつも立派に振る舞うように努力してきたつもりだ。
「覚を、僕から取り上げないで下さい・・・」
動かない祖父の膝に顔を伏せて懇願した。
「引き離すつもりは、ない」
優しく頭を撫でられた。
「だが、このままでは間違いなく、覚が潰されてしまうだろう」
静かに下りてくる、重いため息。
「芳恵にも類は及ぶだろうよ。それしか、あれには落としどころが見つけられないだろうから」
俊一は、芳恵が好きだ。
愛して、いる。
若い身空で、一歳に満たない自分の母親になり、実の子以上に慈しんでくれた。
たとえそれが父からの愛を得るため行動だとしても、充分だった。
白い花のような、美しい母。
何度父に踏みつけにされても、汚れない母。
この世で一番、美しい、ひと。
覚と同じくらい、なくてはならない人だった。
遺影の中で高慢な笑みを浮かべる母を慕ったことは一度もない。
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