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僕が生まれ育ったまちは、まちと呼ぶのが似つかわしくないほど大きい……世界で一番使用されている駅のある、あそこだ。
摩天楼はあまりに日常で、僕にとっては緑の木々と変わらない。
毎日唸るような人の波に揉まれて僕は、だけど仕事をすることもなく、実家で安穏と暮らしていた。母は働くように促すものの、さして切羽詰まった様子もない。
僕がその日家を出たのは、そんな身を持て余してのことだった。仕事を探した方がいいのだろうが、どうにも気が乗らなかった。自分がやりたいことも分からないのに、仕事なんか見つかるものか。
とは言え、力強く働かないと言うだけの意志もなく、僕はハローワークのドアを潜った。
そして窓口に並ぶ必死な形相をした男たちの群れを見て、僕はいきなり怖気づく。いや、僕はまだ若い。あそこまでしなくても仕事くらい見つかるはずだ……。
重苦しい熱気を避けて歩くうち、端の方にある、ボランティアコーナーにたどり着いた。そうだボランティアなら、向いてないと思ったら辞めればいいじゃないか。運良く向いていることが見付かれば、それを仕事にすればいい。給金を貰わないのだから責任だってない。
コーナーに置かれた検索用PCを開くと、場所柄かホームレスの支援が多い。僕に彼らを助けたいと言うほどの情熱はない。もっと簡単で、出来ればいい仕事に繋がりそうなボランティアは……。
小学校時代の同級生、Nの姿を見つけたのはそんな時だ。あいつもボランティアを探しに来たんだろうか。あいつは小学生の頃は新宿中央公園のホームレスを「ババ」と呼び、公園の近くを通るときには「くせえ」といって鼻をつまんでいた。癇に障るが要領はいい奴だ。何かいいボランティア先を見つけているのではないか。
近づいてきたのでとっさに身を隠したものの、あっさりと見つかってしまった。「あれー。須藤じゃん。何だお前無職かよ」
相変わらず嫌な奴だ。
「お前だってここにいるんだから、無職だろ?」
「や、オレ、美容師やってんだよ、高校中退してから。ここの岡田サンに勧められてさ。オレ、結構上手いんだぜ」
Nは両手をカニのようにしてハサミのゼスチャーをした。
僕は相手が働いていると知った途端、自分の劣等感がぴりぴりと刺激されるのを感じた。
「お前こそ何してんだよ、ここで。仕事あんなら」
「時々こいつのデータ更新してんだよ。岡田サンに頭上がんねーからさ、オレ」
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