夏の夜に月を堕とす。

2/3
前へ
/3ページ
次へ
それじゃあ、はじめようか。 夜の学校、プールに忍び込む、それだけでなんだか大人になれるような気がして、 けれどその階段はひとつ踏み外せば、もう二度と戻れないような気がして。 僕が虫取り網でそっと水面を掬い上げると、そこにある月は乱れて散って、逃げてしまった。 「今年も駄目そうかい」 「今年こそはと、思ったのだけれど」 僕が、網をプールサイドへと引き上げると、彼は慎重に足をプールの中へと入れた。 まるで、ある一点に神経を集中させれば水面に立てるかのようだった。 しばらくすると、彼は大の字になって水面にかぷりと浮いた。 そのまま、時折手足をすいすいと動かして空を見上げている。あめんぼみたいだ。 僕もそれにならって、ゆっくりと水面に浮かんだ。 「僕たちあめんぼみたいだ」 「けれど、ぼくたちあめんぼではないじゃないか。………みんな、みんな」 耳元で水がたぷたぷと音を立てていて、彼の言葉がよく聞こえなかった。 「駄目だ、君。水の音でちっとも聞こえやしないんだもの」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加