夏の夜に月を堕とす。

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彼の声が聞こえない。 あぁ、またか。と僕はおもう。 被り振るように、ざぶりと勢いよく水に潜る。 次に水面に顔を出した時、僕はひとりだった。 夜の学校、プール月明かりが水面にきらきらと散らばって、まるでここにいるよと、僕を勇気づけるみたいだ。 そうか、もう今年の夏休みは終わりだ。今日はこの夏さいごの満月だったのだ。 「また来るよ」 「あの月を取れるまで、僕ここに来るから。」 「もう来なくていいよ。飽きもせずに付き合うのも、存外たいへんなんだ。」 そんな声が聞こえた気がした。 いいや、聞こえたんだ。 「何言ってるんだ。毎年飽きもせずにここに来る。友人思いだと思ってほしいね」 きっと、僕らは大人になれない。 小学校を卒業したって大人になれなかったもの。 ずっとずっと、ここに来る。 こうして、すくえない月をすくいだしたい気持ちだけで。 ほんとうは僕の自由研究に必要だったのは、 あんなうすっぺらな月じゃないんだ。 それでも、あの空に吊るされた満月を堕として。プールに閉じ込めた。 来年も、その次もずっと 大人になれない僕たちが、いつか大人になる日まで。 君に会いにいくために。 あの夏から、大人になれない君と、 いつか月を堕とすまで。
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