月光、彼女、ショーウィンドウ。

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__ちぃりん、と客の来たことを告げるベルがなる。 既にほぼ満席状態の店内で、客の注文は慌ただしく厨房のほうに伝えられ、店員は珈琲やら軽食やらを次々と運んでいった。 店内には流行のジャズが蓄音機から流れており、客にとっては居心地のよい空間であったが、店にとっては耳障りなほかなかった。 そのうち昼が過ぎて客の出入りがまばらになった所でここで働くまだ若い店員二人はやっと息をつくことが出来た。 厨房の隅にあるソファに腰をかけると、たちまち体重とともに疲れも吸い込まれていった。 「アイスコーヒーでもいれましょうか。」 年下らしい店員が聞くと、もう一人はこくと頷いた。 カラコロカラコロ氷を回しながら二人で何時間ぶりかの冷たい飲み物を飲んで休憩していると、ふと、噂でもするように話し始めた。 「なァ、お前はそこの窓際の席に座っていた常連の男、覚えてるか?」 「ええもちろん。…そういえば最近見ませんね。」年下男は声を潜めて続けた。「あの人毎日毎日向かいの店をずいぶん熱っぽい目で見ていましたけど、恋でもしていたんでしょうね。…来なくなったということは、目当ての女がどっか違う店にでも行ってしまったんですかね。」 「そうだろうね。まぁ俺達からすりゃあ、アイスコーヒーの1杯か2杯で何時間も居座られて、たまったもんじゃなかったからな。居なくなってくれて嬉しさ半分ってとこだな。」 「そうですねェ…。」 年下はヘラヘラと笑う。もう1人もつられてにやにやと口の端をあげた。 「あァ、そういえば、向かいの店で思い出しまして。…実は二、三日前にあの店で盗みが起きたらしいんです。」 「こんな場所でねェ、一体何を盗まれたのやら。」 「それが随分おかしなものでして____盗まれたのは黒髪の綺麗なマネキン人形だったようですよ。」 そんなもの盗んで何になるんだ。金にもならないじゃないか──そういって店員たちは笑い転げる。 アイスコーヒーの氷がコトリと溶け、黒く染まった。
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