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「しろ…がね……?」
思ったことが思わず口から出ていた。
櫂は慌てて口を閉ざしてチラリとその男、『白銀真』を見上げた。
姿勢が悪く背もあまり高くない櫂は見上げることしか出来なかった。
気を悪くさせてしまったかもしれないと思っていたのだが、そんなことは無かった。
真はクスクスと笑っていたのだ。
「ははっ、それ『しろがね』じゃなくて『しらがね』って読むんです。」
普通はしろがねですよね。
そう言って真はふわりと柔らかく笑いかけるのだ。
あぁ、諦めなければと思うのに話せば話すほど惚れてしまう。
思ったより背が高いとか、低い声が優しく心地いいとか、いい匂いがするとか。
きっと、彼の人生に櫂が関わる事なんて無いのだろうが、櫂はどうにかして少しでも、彼の、真の人生に一欠片でもいいから残りたかった。
ただ、その方法は何も無いのだけれど。
「店員さんは、高峯さん?」
「えっ?」
「名札。高峯櫂って。」
「あっ、はいっ…!高峯櫂であってますっ!」
「いいね、櫂って。かっこいい名前だね。」
名前を、呼ばれた。
いいって、かっこいいって。
まさか呼ばれるなんて思ってなかった。このままサインしてもらって商品渡して、ありがとうございましたって終わりかと思っていた。
神がいるかとか、運命の歯車がいつどんな感じで回るのかなんて分かりはしないけど、櫂がこの日ほど神に感謝したことは無いだろう。
「あの、友達の電話終わるまで店内で待ってても大丈夫ですか?彼女からの電話、いつも長いんです。」
「あぁ、どうぞ。よければ商品も見ていってくださいよ。うちの店長のハンドメイドばかりだけどクオリティが高くてめちゃくちゃかっこいいんすよ。俺も高校の頃からのファンでつけてるピアスは店長から買ったもんがほとんどなんです。」
「わ、確かに作りが細かくてすごい…!」
「でしょう?!そのピアスは新作だしその隣のリングは人気NO.1なんですよ!!」
店長手作りのアクセサリーを真はまじまじと見て全て褒めていく。櫂はそれが嬉しくて真が隣にいるのも忘れてアクセサリーの説明を続けていく。
そしてふと、真はある一角に目を奪われた。
「高峯さん。あれは?」
「えっ?あっ……あー……あれは……」
「陽の光が当たってとても綺麗ですね。中の模様が反射してキラキラして……これは?」
「それは、あ〜……レジン細工ですね……」
「全部キーホルダーになっているのかな?この青いの青空を切り取ったみたいだ」
真は1つ手に取ってそれを陽の光に当てる。
本当に空を切り取ったようなそれに、真は心奪われた。
「これ、いくらですか?とても素敵なのでぜひ買って帰りたいのですが……」
「……本当に買います…?」
「……………?もちろん。だってとても素敵じゃないですか?」
「ほら、その、あっちのピアスとかネックレスの方がかっこよくないですか?」
「たしかにかっこいいとは思うけれど……僕が好きなのはこっちかな。」
「あ……ありがとうございます…それ、実は作ったの俺なんです…。アクセサリー作り練習の一環で…。その、あまり売れてなかったからそう言ってもらえると嬉しい…。かも…」
そのレジン細工のキーホルダーは櫂が作ったものだった。
店長に言われ手先を鍛えるためにちまちま作ったそれはクオリティで言えば店長の足元にも及ばない。
本当に今の今まで売れた数は両手で数えられる程なのだ。
だけど、真は店長のアクセサリーには目もくれず、櫂の作ったキーホルダーを手に取った。
櫂にとってこの上にい幸せだった。
この時間がずっと続けばいいのに…なんて思うことは許されないのだろう。
だからせめて、繋がりを今作りたい。
恋人なんて高望みをしてはダメだ。当たり障りない友人になるのが1番いいのだ。
「じゃあ、会計しょうか」
溢れて止まらない『好き』は枯らさなければならない。
決して、決して伝えてはならないのだ。
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