天国に魅了された男

5/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
彼は30年間の間、戦場の第一線で活躍してきた。死を恐れない彼を人々は「死に魅了された男」と呼び恐れおののいていた。 しかし、寄る年波に彼も逆らえず、初老に差し掛かった彼は体がついていかずどの軍隊にも呼び止められることはなく傭兵を 引退することとなった。 彼は、結局死ぬことはできなかったのだ。 彼は自分の母国に戻り、傭兵時代に貯めるに貯めた貯金を食いつぶす生活となっていた。 死を受け入れていた彼でも長い間の戦いで心は疲弊し、自分がなんのために戦っていたのかを忘れてしまっていた。 そんな彼の人生は突然に終わりを告げる。 ある日、買い物からの帰り道で交差点を渡ろうとした彼に一台の乗用車が突っ込んできた。 戦場で多くの銃弾をかいくぐってきた彼も、平和な日本で突然飛び込んでくる乗用車に反応することはできなかった。 乗用車に吹き飛ばされた彼は薄れゆく意識の中で、昔のことを思い出していた。 自分が過去に一度死んだこと、そして天国に行ったこと、彼はすべてを思い出していた。 ずっと恋い焦がれていたあの世界に行ける。俺はやっと死ねるのだ。 薄れゆく意識の中、ただ彼は幸せそうな笑みを浮かべていた。 目を覚ました彼の目の前には想像とは違った景色が広がっていた、荒涼とした荒地、空は黒い雲で覆われていて明るさは微塵も 感じられなかった。 遠くには険しい山々が広がり、時折黒い雲中から稲光が光っていた。 自分の姿を見ていると来ているものはボロキレ一枚、よく周りを見渡すと同じようなボロキレをまとい死んだような眼をした人々が あふれていた。 遠くから赤い色をした髪の毛のないおぞましい姿の化け物がこちらに近づいてくる。 彼は瞬時に悟った、ここは天国ではない、ここは地獄だった... 彼は天国に行くために彼は多くの命を奪っていた。そんな彼が天国にいくことなどできるはずもなかった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!