第1章

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 ふるえながら、さっきの丈一さんを思い出した。あたしをさがして見つけた、あの白っぽい目を思い出した。あたしのいったことばを、丈一さんはきっとはっきり聞いたはずだ。なのに、なのに、あたしは  「ソーニャ、ソーニャ」  顔を上げると、横のドアがあいて鴎さんが外にいた。  パトカーはもうことり荘の前にとまっていたから、びっくりした。雨はさっきよりずっと強い。  「手を出して」  っていわれたので出すと、ぽとん、ぽとんって白いつぶがふたつのっかった。  「それ飲んで今夜はぐっすりお休み。あんまりいろいろ考えすぎないで」  鴎さんって、あたしの考えてることがわかるみたいだ。  「大丈夫、一般的な睡眠導入剤だ。やばいやつじゃないから」  お礼をいおうとして、あたしはぞくぞくふるえだした。  そんなわけない。あたしの考えてることがぜんぶわかったなら、鴎さんはこんなにあたしに親切にするわけない。あたしのこと友だちっていったけど、鴎さんはそれよりずっとたくさん丈一さんの友だちなんだから。あたしなんかより、ずっとたくさん好きなんだから。  ふるえながら車をおりた。フードを下ろしてマスクをはずした。冷たい雨がしばしば顔にあたったけど、あたしはその千倍はいやな目にあったほうがいいって思った。  「風邪ひいちゃだめだぞ、ソーニャ」  鴎さんはあたしを雨のあたらないかいだんの下までひっぱった。  「君の見舞いにまでは行かないぞ」  あたしはなんとか笑おうとした。  「あたしえりすだよ。でもありがとう、鴎さん。すごく親切だね」  鴎さんはぼうしに指をやって、とびきりさわやかにけい礼をした。  「どういたしまして、えりす。今度おしっこ飲ませてね、ばいばい」  パトカーが暗い夜に消えてしまうまで、あたしは手をふった。  やっと鴎さん、ちゃんとあたしの名前をいってくれたなあ、でもおしっこはいやだなあって思ってるうちに、なんとかふるえるのがやんだ。  雨の音が屋根に当たってうるさい。  あたしはのろのろかいだんを上がった。一番おくのあたしのへやはドアがあけっぱなしで、そこからつけっぱなしのあかりが外までこぼれていた。  へやを出たときのことは思い出せなかった。きっとわすれちゃったんだ、ずいぶんあわててたもんなあ、電気代もったいなかったなあとか思って、げんかんに入ってくつをぬごうとした。  ぽとん、ぽとん。
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