第1章

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 向こうから、ワゴンをおしたかんごしさんが入って来た。入れちがいにとびらから出て、あたしははあはあ息をした。ずっと息をとめていたせいだ。  はあはあしながらぼうしをぬいで決められたはこに入れて、マスクもとろうとしたら、目の前に人がいた。  「気がついたんだって?」  鴎さんがあたしに聞いた。  マスクをしたままうなずいたけど、あたしの目は鴎さんをとおりすぎて、後ろにくぎ付けになった。  そこには、あの、あの日スーパーで会った、あの女の人が、あの女の子をひざにのせていすにすわっていた。  このとき、やっとあたしはわかった。やっぱり、すごいばかだ。  女の人はしんけんな顔であたしを見て、  「丈一は、どんなようすでしたか」  って聞いた。目が赤くて、その下が黒っぽいかげになってて、あの日よりもずっとつかれて悲しそうだった。それでもやっぱり、頭がよさそうでやさしそうで服もくつもかみもつめもすてきで、世界じゅうのいいものを集めたみたいにきれいだった。ひざの上の女の子はひとりでにこにこしていた。どんな悪者でも、たちどころにかい心しちゃいそうな笑い方だ。  あたしはとっくに動けなかった。  わかったからだ。あたしには、この人たちの小指の先のねうちもない。この人たちが月なら、あたしは道に落ちてるうんこだ。  でも、ありったけのゆう気をふりしぼった。マスクのかげでもごもごいって、声が出せるかやってみた。  「目を、覚ましました……こっちを見て……指も動いて」  かすれた声が少し出た。  「そう、そう、」  って、鴎さんは笑いだした。あたしの手をつかんで、  「そう、そう、そうか」  大きくゆさぶった。鴎さんの顔はまっ赤で目はぬれていた。  「よかった」  女の人は、女の子におでこをくっつけた。この人も泣いていた。  女の子はふしぎそうに、  「ママ、たいたい?」  って聞いた。  女の人はおでこをくっつけたまんま、  「ひぐっちゃん、よくなったって」  って、女の子にいった。  女の子がにっこりして、  「そうよ、ひーたんつよよ」  っていったら、女の人は顔をおさえてもっと泣いてしまった。  やがて、かたを上げて下げて大きく息を吐いて、きれいなハンカチで何度も目をおした。  それから、まっすぐあたしに向いてにっこりした。  「ありがとうございます。全部あなたのおかげです。わたし……」
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