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向こうから、ワゴンをおしたかんごしさんが入って来た。入れちがいにとびらから出て、あたしははあはあ息をした。ずっと息をとめていたせいだ。
はあはあしながらぼうしをぬいで決められたはこに入れて、マスクもとろうとしたら、目の前に人がいた。
「気がついたんだって?」
鴎さんがあたしに聞いた。
マスクをしたままうなずいたけど、あたしの目は鴎さんをとおりすぎて、後ろにくぎ付けになった。
そこには、あの、あの日スーパーで会った、あの女の人が、あの女の子をひざにのせていすにすわっていた。
このとき、やっとあたしはわかった。やっぱり、すごいばかだ。
女の人はしんけんな顔であたしを見て、
「丈一は、どんなようすでしたか」
って聞いた。目が赤くて、その下が黒っぽいかげになってて、あの日よりもずっとつかれて悲しそうだった。それでもやっぱり、頭がよさそうでやさしそうで服もくつもかみもつめもすてきで、世界じゅうのいいものを集めたみたいにきれいだった。ひざの上の女の子はひとりでにこにこしていた。どんな悪者でも、たちどころにかい心しちゃいそうな笑い方だ。
あたしはとっくに動けなかった。
わかったからだ。あたしには、この人たちの小指の先のねうちもない。この人たちが月なら、あたしは道に落ちてるうんこだ。
でも、ありったけのゆう気をふりしぼった。マスクのかげでもごもごいって、声が出せるかやってみた。
「目を、覚ましました……こっちを見て……指も動いて」
かすれた声が少し出た。
「そう、そう、」
って、鴎さんは笑いだした。あたしの手をつかんで、
「そう、そう、そうか」
大きくゆさぶった。鴎さんの顔はまっ赤で目はぬれていた。
「よかった」
女の人は、女の子におでこをくっつけた。この人も泣いていた。
女の子はふしぎそうに、
「ママ、たいたい?」
って聞いた。
女の人はおでこをくっつけたまんま、
「ひぐっちゃん、よくなったって」
って、女の子にいった。
女の子がにっこりして、
「そうよ、ひーたんつよよ」
っていったら、女の人は顔をおさえてもっと泣いてしまった。
やがて、かたを上げて下げて大きく息を吐いて、きれいなハンカチで何度も目をおした。
それから、まっすぐあたしに向いてにっこりした。
「ありがとうございます。全部あなたのおかげです。わたし……」
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