第1章

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 って立ち上がろうとしたので、あたしはびくっと後じさった。  鴎さんがすばやくふりかえって、女の人のかたをそっとおした。  「まあま、そういうのは落ち着いてからで……相川さんはこのまま、ここで待っていてください。すぐに、直接会えますよ」 ― 相川さん。  ありったけのゆう気がけしとんで、ひざがすとんって落ちた。  女の人はいすにすわりなおしたけど、ふしぎそうな顔であたしを見た。  あたしは鴎さんに支えられて、やっと立っていた。  鴎さんは耳もとでささやいた。  「疲れただろ、帰ろうねソーニャ」  あたしはえりすだけど、おまわりさんのレインコートにしがみついて、何度もうなずいた。早く早くここ以外のどこかへ連れて行ってください、って思った。  鴎さんはあたしにパーカをきせてフードをかぶせてひもをきゅうとしめた。これ以上、この人に見られたらあたしがばらばらになるって、わかったんだろう。  鴎さんは女の人に向かって、  「どうぞ、お大事に」  っていって、おじぎをした。  女の人もおじぎをした。  女の子がひざから、ぽんととび下りた。あたしににこにこ手をふって、  「おねた、ばいばい」  っていった。あたしはちゃんとばいばいを返したかった。でも、こわくてこわくて体の力がみんなぬけちゃって、自分からは動けなかった。  「ばいばい」  かわりに鴎さんがいって女の子にけい礼した。  女の子はすごくよろこんで、かわいいけい礼をした。  お人形みたいになったあたしをおんぶして、鴎さんは病院から外へ出た。    「ごめんね」  パトカーにのってすぐ、鴎さんはいった。  「え、なんで」  ってあたしは聞いた。  「おれ、君に、とてつもないものを背負わせちゃった」  まじめな顔で、ゆっくり車を出した。  あたしはおしりをずらせて、ふかくざ席にもたれた。  やっぱり、鴎さんのいうことはよくわからない。だって、あたしはなんにもしょってない。でも、なにもいわないでまどの外を見た。ほかに考えることがいっぱいあったからだ。  一番に考えなくちゃいけないことは、あたしはひどいってことだ。あたしはあたしの考えたいことだけを考えて、大事なときに丈一さんをわすれた。そのことを思うと体じゅうがふるえて、あつくなって、くさい汗が出た。はずかしいでは足りない、こわいとかいたいとかのほうがぴったりする。
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