第1章

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 鴎さんはあがってきて、あたしの両手をつかまえた。  あ、手なんかにぎったら丈一さんにまた……って思ったけど、鴎さんの目はこわいくらいしんけんだった。その目をちょっとずらして、  「樋口がけがをした」  って早口でいった。  あたしはなにもいえなかった。  鴎さんはそばにかかっていたパーカをあたしにかぶせて手をひいた。    あたしは後ろの席にのっていた。  パトカーって、のってしまうとふつうの車とおんなじだ。運転しながら、鴎さんはいろいろたくさん話した。  返事もできないで、あたしは外のあかりが動いていくのを見ていた。あかりは雨のつぶでゆがんでぼんやりしてたけど、あたしの頭の中はもっとぼんやりだった。はじめて聞くことが多すぎて、ごちゃごちゃだった。丈一さんの仕事がおまわりさんだってことも、はじめて聞いた。  「……事前に巡査の一人に、ここから落とすって伝えて、受け止める用意させてから、たった一人で犯人のところへ乗り込んだ。人質を蹴飛ばして屋根からつき落とすなんて、手荒いふうに見えたけど、計算あってのことだったんだ。人質の子どもは病気持ちでね、あれ以上長いこと雨にさらされてたら、やばかったって医師もいってた。母子ともけがはなかったし、結果的には最善の策だったって。その巡査ったらきらっきらに感動してたよ。でさ、そういうのをマスコミがずいぶん喜んじゃってね。上はかんかんだけど、処罰もできないって……まあ、いつものパターンだ。結局、やつはこの手で出世しちゃうんだ」  そういうパターンって、あたしは知らなかった。  でもあたしが知りたかったのは別のことだ。  「けがはひどいの?」  鴎さんはだまって、くるりくるり片手でハンドルをまわした。  聞こえなかったのかな、って思って、あたしはもう一度聞いた。  「けがはひどいの?」  鴎さんの声は、へんに明るいふうに聞こえた。  「……まあ、軽くはないね。しないでもいいけがにしては」  「しないでもいいけが?」
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