第1章

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 「あのばか、けしかけたんだ。人質がいなくなって、投降は時間の問題だった。明らかに犯人は観念してたんだよ。けど樋口は、その消し炭をふうふう吹いて火をおこしにかかった。声は聞こえなかったけど、あの顔見たら僕にはすぐわかった、なにかひどいこと言ってるなってね。あいつは人にひどいことするとき、酔っ払ったみたいにへらへらご陽気になる。で、犯人はまんまと挑発にのって、ご注文どおりに日本刀でぼっこぼこ。模造刀だったんだけど、鉄の棒といっしょだし、けっこうな使い手だったしで……目的は完遂されつつある」  「目的?」  「あいつは自分を殺してもらいたかった。そのために、わざわざ管轄外の現場にしゃしゃり出た」  あたしには、鴎さんのいってる意味がわからない。  「だから言ったろ? いつものパターンだって。こんなふるまいは初めてじゃない。僕が言うのもなんだけど、めちゃくちゃな男なんだ。けど、君と付き合うようになってから、そういうのおさまったと思ってたのに。最近何かあった? ソーニャ」  道がこんできて、とまったりゆっくり動いたりになった。前の車が少し進んだのでパトカーが進もうとしたら、横から赤い車が急に入ってきて、  「おっと」  鴎さんが強くブレーキをふんだので、あたしは前のせもたれにぶつかった。  車はぎりぎりでぶつからなかったけど、赤い車を運転してる人はまどからおこった顔を出して、指をつきだしてこっちになにかさけんだ。  前のかがみの中で鴎さんはにこにこ笑って、ぼうしにちょっと手をやった。  「いやはや、あんなに濡れて。反権力も大変だねえ」  それから、もっとにこにこしながら、  「おいクソガキ、おれらなめてると、チャカでドタマぶち割っぞ」  っていった。ポケットから白いクスリを出して、がりがりかじりだした。  「ねえ、ソーニャ、サイレン鳴らす? 渋滞の間に、あいつ死んじゃうかもしんないし」  「え」  あたしは思わず前を向いた。前のかがみに鴎さんのそでがうつる。こないだとおんなじに白いほうたいがのぞいた。  「ま、あいつの気持ちはおれにもわかる。リスカはお遊びとしても、その先へいっちゃうことが年に数回あってさ、こないだなんか、拳銃を一日じゅうじいっと見てたし。やっぱこの商売なら、これを使わない手はないよなあって……」  「だめっ!」  あたしは半分立ち上がって、鴎さんのかたをぎゅっとにぎった。
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