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「あのばか、けしかけたんだ。人質がいなくなって、投降は時間の問題だった。明らかに犯人は観念してたんだよ。けど樋口は、その消し炭をふうふう吹いて火をおこしにかかった。声は聞こえなかったけど、あの顔見たら僕にはすぐわかった、なにかひどいこと言ってるなってね。あいつは人にひどいことするとき、酔っ払ったみたいにへらへらご陽気になる。で、犯人はまんまと挑発にのって、ご注文どおりに日本刀でぼっこぼこ。模造刀だったんだけど、鉄の棒といっしょだし、けっこうな使い手だったしで……目的は完遂されつつある」
「目的?」
「あいつは自分を殺してもらいたかった。そのために、わざわざ管轄外の現場にしゃしゃり出た」
あたしには、鴎さんのいってる意味がわからない。
「だから言ったろ? いつものパターンだって。こんなふるまいは初めてじゃない。僕が言うのもなんだけど、めちゃくちゃな男なんだ。けど、君と付き合うようになってから、そういうのおさまったと思ってたのに。最近何かあった? ソーニャ」
道がこんできて、とまったりゆっくり動いたりになった。前の車が少し進んだのでパトカーが進もうとしたら、横から赤い車が急に入ってきて、
「おっと」
鴎さんが強くブレーキをふんだので、あたしは前のせもたれにぶつかった。
車はぎりぎりでぶつからなかったけど、赤い車を運転してる人はまどからおこった顔を出して、指をつきだしてこっちになにかさけんだ。
前のかがみの中で鴎さんはにこにこ笑って、ぼうしにちょっと手をやった。
「いやはや、あんなに濡れて。反権力も大変だねえ」
それから、もっとにこにこしながら、
「おいクソガキ、おれらなめてると、チャカでドタマぶち割っぞ」
っていった。ポケットから白いクスリを出して、がりがりかじりだした。
「ねえ、ソーニャ、サイレン鳴らす? 渋滞の間に、あいつ死んじゃうかもしんないし」
「え」
あたしは思わず前を向いた。前のかがみに鴎さんのそでがうつる。こないだとおんなじに白いほうたいがのぞいた。
「ま、あいつの気持ちはおれにもわかる。リスカはお遊びとしても、その先へいっちゃうことが年に数回あってさ、こないだなんか、拳銃を一日じゅうじいっと見てたし。やっぱこの商売なら、これを使わない手はないよなあって……」
「だめっ!」
あたしは半分立ち上がって、鴎さんのかたをぎゅっとにぎった。
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