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last chapter 愛憎ヲ抱ク
紅い月が冷えた闇夜に静かに浮かんでいた。
まるでこの行く末を見つめているかのようだった。
この生臭い風が吹き抜ける、
蟹淵という場所で、
月の光を背に浴びながら、
近藤を見下ろしている女がいた。
天女など見たこともないのだが、もしこの世に存在するのだとしたら目の前に佇む女のように美しいのだろうか。
だが、いくら美しかろうとも、こんな邪悪な笑みを顔に浮かべてては天女にはなれまい。
それに、今にも首に喰らいつかれそうなほど獰猛な眼でこちらをじっと見詰めていた。
願っても叶わなかった瞬間が訪れたのに嬉しさは無かった。ただ、背筋に冷たい汗伝うだけで声すら発する事すらできずにいた。
寒くもないのにガタガタと震える手を必死に抑え込んだ。
そんな近藤の様子を気にも留めぬ様子で何やら楽しげに踏みつけていた。バギッバギッと何かが砕ける音が静かな空に響いた。
実に不快で、恐ろしい音だった。
「ひっ!」
と悲鳴が漏れると女は可笑しそうに嘲笑った。
それから、生白く引き締まった太腿が裾から覗かせながら、かつて近藤の家臣であった塊を踏みつけていた。
あの音は家臣たちの骨が砕ける音だったのだ。
それを意識した途端、一気に血の気が引いていった。股の辺りがキュウと締まった。
音は一向に止まず、近藤の目の前では死体の山から赤黒い血がじわじわと広がり、吐き気をもようすほどの死臭が辺りに漂よいはじめた。
恍惚の微笑みを浮かべている女は天女ではなく、
鬼だ。
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